隆盛誇ったコンビニのエロ本、東京五輪が潮目に 消えゆく者たちの負け物語が心に染みる映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」

石井 隼人 石井 隼人

1週間の限定上映だけでは、あまりにももったいない。崖っぷち雑誌編集部を舞台にしたインディペンデント映画『グッドバイ、バッドマガジンズ』が、10月28日から東京のテアトル新宿で1週間の限定上映。タイトルの“バッドマガジンズ”が指すものとは、かつてコンビニで売られていた成人向け雑誌、すなわちエロ本のこと。その本作りにいそしむ編集者たちのビターな悲喜こもごもを、切実さとユーモアを交えて映し出した快作だ。

東京五輪歓喜の陰で消えたもの

かつてコンビニで販売されていた成人向け雑誌は、圧倒的な売り上げを誇っていたという。しかしその潮目が変わったのは、電子出版の台頭による出版不況と東京五輪誘致の決定。様々な配慮を理由に2018年にミニストップが、2019年にはセブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンが成人向け雑誌の販売を原則中止した。

物語の舞台は、そんなコンビニエロ本時代の終わりの始まりを告げる2018年からスタートする。お洒落なサブカル雑誌作りを夢見て出版社の門を叩いた新卒女子・詩織(杏花)が配属された先は、なんと成人向け雑誌編集部。

女性は詩織と鬼上司・澤木(春日井静奈)しかおらず、部署はアダルトグッズや女性の裸が印刷された誌面で溢れ返っていた。出版不況で人員に割く余裕はなく、労働状況は当然のようにブラック。お洒落とは程遠い卑猥な言葉と裸が飛び交う日々の中で、詩織は「エロの仕事」に向き合っていく。

3年の月日をかけて業界関係者に取材

描かれるのはサクセスストーリーではなく、消えゆく者たちの負けの物語。それなのに青春群像劇のような甘酸っぱさと爽やかさが残るのは、下品な世界に真面目に打ち込む編集者たちのモノづくりの魂をしっかりと捉えているからか。彼らは会社組織の歯車という諦観と独立した個人というプライドの中で揺れ動き、葛藤しながらもベストを尽くして誌面を作り続ける。

先がないと知りながらも突き進む者、理想を目指して離脱する者、売り上げ不振の責任を取ってクビになる者、犯罪に手を染める者…。すべての登場人物にドラマがあり、負けの美学がある。それを説明セリフではなく、ふとした言葉や状況設定で表すシナリオ、演出、演技の三位一体感。横山翔一監督と脚本家の山本健介は、3年もの月日をかけて業界関係者に取材した内容を物語に落とし込んだ。その時間は無駄ではなかったようだ。

アダルト業界ならではのチン場面も!?

ビターさに緩急を与えるユーモアも効果的。業績のいい女性だらけの部署から「くさい」と差別されたり、仕事に慣れた詩織が文系の才能を開花させて独特過ぎる淫語をスラスラと文章にしたり。

人気雑誌の副編集長(大迫茂生)が雑誌休刊を機に異動してくるエピソードも面白い。AV映像チェックの仕事に回され、ストレスのあまりAV映像を見ながらツッコミ奇声を爆発させたりする姿には思わず吹き出す。しかしそんな彼にも守るべき家族と家庭があり、観客に「仕事とは?」「生きるとは?」という普遍的な問いをふいに突き付けてくるから侮れない。

雑誌付録のアダルトDVDのモザイク処理にミスが発覚したときの編集部内の戦慄とその後の禊は、舞台をアダルト業界にした意味を活かした本作ならではの哀しきチン場面だ。

実力派俳優たちの底力堪能

出演者のすべてが芸達者というのも素晴らしい。主人公・詩織を演じた杏花の演じ分けは見事で、希望を抱いたフレッシュな新人時代とエロ仕事一色に染まり切った際のダウナー感のギャップはコメディエンヌとしての確かな資質を感じさせる。

ヤマダユウスケ、カトウシンスケ、西洋亮、春日井静奈、山岸拓生ら編集部の面々に扮した俳優陣も、役柄の個性を主張し、ときに誇張することでキャラクターの輪郭を浮かび上がらせている。

同じく業界内幕モノの『ハケンアニメ!』がロングランを記録したように、『グッドバイ、バッドマガジンズ』も話題を呼んでロングラン上映というグッドな発展を見せてくれたら喜ばしいことだ。

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