「現金お断り」京都の完全キャッシュレス店 開業から1年「現金が使えないの」と言われ続け、今の状況は?

堤 冬樹 堤 冬樹

 代金の支払いはクレジットカードや電子マネーに限り、現金はお断りの「完全キャッシュレス」。そんな珍しいスタイルの店が1年余り前、京都市左京区にオープンしたことから、記事で取り上げた。コロナ禍での非接触の流れやキャッシュレスの浸透を見据えた試みだったが、その後、利用客の間に定着したのだろうか。気になって店を再訪した。

 この店は昨年6月に開店した「PIZZA(ピッツァ)百万遍」。本場さながらにまき窯で焼き上げる、ナポリピザのテークアウト専門店だ。経営する中野剣司社長(30)は当時、完全キャッシュレスに踏み切った理由を「コロナ禍で非接触の流れが進み、今後さらに加速するキャッシュレスの波に乗るため」と語っていた。

 支払いはクレジットカードのほか、JR西日本の「ICOCA(イコカ)」など交通系ICカードや、「PayPay(ペイペイ)」をはじめとするQRコード決済など約30種類に対応。店員が現金を扱わないことによって、レジ作業の負担軽減や労働時間の短縮などもメリットに挙げていた。

 その後の状況はどうなったのだろうか。中野さんに尋ねると、少し言いづらそうに「実は…」と切り出し、「完全キャッシュレスは諦めて、現金での支払いも受け付けるようになった」と、思わぬ答えが返ってきた。

■「購入できない人を見るのがつらかった」

 当初から懸念していたように、未成年や高齢者を中心に現金払いを希望する客が多かったことが大きいという。店は京都大吉田キャンパス前にあり学生もよく利用するが、下級生だとクレジットカードを持っていないケースもたびたびあった。

 キャッシュレス決済を経験して便利さを実感する人がいたり、店側もオンラインのポイントサービスでお得感のPRに努めたりした。だが、中野さんは「実際に『えっ、現金が使えないの?』と驚かれ、購入できない人を目の当たりにするとつらかったし、想像していたより多かった」。

 より間口を広げるために今年から併用とし、現在ではキャッシュレスと現金の割合は半々ほど。子どものお使いなど、「現金が使えるようになって良かった」といった喜びの声も寄せられているという。

 中野さんはピザ職人の修行時代にイタリアのナポリで1年半ほど過ごした。買い物で高額紙幣を出すと店員に断られたり、偽札と疑われてチェックされたりという苦い体験も。今回の完全キャッシュレスの試みを通じて、「日本では現金がとても信用されているのだとあらためて感じた」と振り返る。コロナ禍で現金のやりとりが敬遠されていた一時期と比べ、忌避感を抱く人も少なくなっていると実感している。

 また、先月には近くにある本店で、インターネット回線がつながらない不具合が発生。キャッシュレス決済ができなくなり、現金のみで急きょ対応した。地震など非常時の備えとしても現金の必要性を痛感したという。ただ、今でも完全キャッシュレスが続いていると勘違いする客がいるため、「現金併用を必死でPRしているところ」と苦笑する。かつて店頭に表示されていた「現金のお取り扱いはございません」の文言もすっかり消えていた。

■新たな店舗も登場「メリットある」

 一方、京都市内では新たな完全キャッシュレスの店舗も登場している。昨年10月、東山区の通称「女坂」にお目見えしたのはコーヒー専門店「CRAFT COFFEE & GELATO KUNZU:DO(クラフトコーヒー&ジェラート クンズドウ)」。コーヒーにレモングラスやほうじ茶などの風味を加えた独自の「フレーバー珈琲」を中心に扱う。

 商業施設や物販のコンサルやプロデュースを手掛ける「ミームファクトリー」(京都市中京区)が運営。田村憲一社長(54)は「不特定多数の人が来る場所だと現金払いの希望が多くなるかもしれないが、ここは小さな店なのでお客さんの数は限られる。防犯面や衛生面、両替の手数料やレジ締めの煩雑さなどを考えると完全キャッシュレスの方がメリットがあると思った」と狙いを説明する。

 店の近くにはホテルや寺院が並び、常連客のほか、観光客も来店する。これまで現金しか持ち合わせのない客は数えるほどだったとして、完全キャッシュレスに手応えを感じている。

 他方で、「日本はまだ、特に少額では現金で払おうとする慣習はとても根強く、キャッシュレスが浸透するのはもう少し時間がかかると思う」と話す。店側の視点として「キャッシュレスの支払い方法があまりに多様になっていることで、読み取り機器を増やす必要があるなど負担も生まれる。店側が導入に二の足を踏む要因になっている面もあるのでは」とも指摘する。

■キャッシュレス普及へ「身近で便利」PRが鍵

 経済産業省によると、日本の個人消費に占めるキャッシュレス決済の比率は年々上昇しており、2021年は対前年比2・8ポイント増の32・5%と初めて3割を超えた。第一生命経済研究所経済調査部の小池理人主任エコノミストは「コロナ禍での現金忌避やネット販売の増加、経産省が実施したキャッシュレス・ポイント還元事業などが背景にある」と解説する。

 個人消費に占めるキャッシュレス決済割合の内訳は、クレジットカード決済が27・7%と最大。QRコード決済は1・8%に過ぎないが、決済金額は3年前と比べて33倍以上となり、特に若者の間で普及が進む。ただ、キャッシュレス決済比率(2018年)が9割を超す韓国や8割近くの中国、4~6割に上る欧米の主要国と比べると日本は遅れが目立ち、政府は25年までに4割、将来的には8割を目標に掲げている。

 小池さんは、インバウンド回復を見据えた準備のほか、複数のサービスが乱立しているQRコード決済は規格の統一などが求められるとした上で、「キャッシュレス決済を使ったことがない人にとっては、最初の1回目が大きな壁。銀行のATMや硬貨流通高の減少が見られる中、キャッシュレスを使えばポイントがたまったり、自分の決済状況を把握できたりと、身近で便利なものとしていかに訴えられるかが鍵になる」と強調する。

 今後の完全キャッシュレスの行方については「東京でも飲食店を中心に少しずつ増えている。主流にはならないだろうが、キャッシュレス決済の浸透に伴って、これからも増えていくのは間違いない」と予測している。

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