6歳で親に捨てられ17歳で出産、なぜ戦い続けるのか? シングルマザーボクサーに迫った話題作が上映

山本 智行 山本 智行

 シングルマザーボクサーの生き様を追ったドキュメンタリー映画「雲旅」が完成し、上映が始まった。主人公は福岡のジムに所属する第7代東洋太平洋女子ミニマム級王者の葉月さな(37)。4年の歳月をかけ、世界戦に挑むまでの軌跡と、戦い続ける理由に迫った意欲作だ。葉月はこの24日、大阪・堺で再起戦を予定。映画は現在、福岡・中洲大洋劇場で公開され、8月には東京、9月には京都での上映も決まっている。

 葉月さんは2014年11月にプロボクサーとしてデビューした。運動経験はなく、そのとき、すでに30歳で13歳の子どもがいるシングルマザー。「弟の死と、息子に背中を見せたいという思いがボクシングにつながっていった」と振り返った。

 そんな葉月さんとは不思議な縁があり、実はアクロス福岡でのデビュー戦を観戦し控え室で取材している。そのとき、私は「この人はこの先、どうするつもりなのだろうか」と思ったものだが、それはいらぬ心配だった。彼女は、その後もリングに立ち続け、当時13歳だった長男・玲志くんはいま20歳になっている。

 「はじめは嫌々やっていたボクシング。何度も辞めようと思いながら逃げ出さず、ここまで踏みとどまったのは自分の誇りです。ボクシングは自分の芯を形作っているものであり、自分の存在価値、自分を誇れる唯一のものです」

 ドキュメンタリー映画になるきっかけは葉月さんが書いている自身のブログだった。それが福岡を拠点に活躍している下本地崇監督(53)の目に留まった。

 「常に普遍的な作品をつくろうと思っていて、次は戦っている女性を撮ろうと調べている中で、行き当たったのが彼女。書かれている内容も興味深く、30歳でボクシングを始めた背景には絶対何かあるだろうし、人生に深みや厚みがあるだろうと思ったんです」

 そこで出演オファーを出すと、葉月さんも「アスリートしてより多くの人に知ってもらいたい。断る理由はありませんでした」と快諾。2017年3月に撮影が始まった。その際、監督はこんな注文をつけた。

 「世界戦を目標にロードムービーとして一緒に旅をして、成長して行く物語にしようと思った。大切なのは、そのプロセス。葉月さんにはたどり着かなくても着地するので、ありのままに立ち振る舞ってほしいと伝えました」

 撮影という旅がスタート。1年後の2018年に今回のドキュメンタリー作品の方向性を決定づけるような出来事があった。おさななじみの死だった。監督が言う。

 「自死でした。半年ぐらい毎日、彼の顔が浮かび、友だちでこうなんだから家族だったら想像を絶するだろうと思った。彼女の弟も自死。そのとき、映画の輪郭が見えてきた。そして、複雑な心模様を綴った曲が映画のタイトルにもなっている雲旅です」

 映画は21年、コスタリカでの世界戦に敗れたところでクランクアップとなったが、葉月さんは今年3月末のリマッチにも失敗している。しかし、闘志は萎えておらず、この24日に大阪・堺市の産業振興センターで再起戦を行う。

 「映画を観ての感想は個人の自由ですが、自分自身はこんな気持ちでボクシングに向き合っていたのかと思ったし、いまと違ってきつい表情をしていました。あと、思うのは人生はすべて自分次第ということ。最近はいつ引退するの?と聞かれたりしますが、やれるところまでやろうと思っています。試合でも映画でも勇気を届けられたらいいですね」

 戦うシングルマザーを描いた映画「雲旅」は福岡・中洲大洋劇場で今月28日まで。その後、東京・下北沢トリウッド劇場で8月20日から、京都・出町座で9月23日からとなっており、その後、大阪、神戸、名古屋でも上映する予定だ。

◆葉月さな 1984年福岡県久留米市生まれ。本名は脇山さなえ。6歳で親に捨てられ、弟とともに児童養護施設で育てられる。 17歳で長男を出産。その後、弟の死をきっかけに30歳でプロボクサーとなり、世界戦に2度挑む。戦績は8勝(2KO)6敗1分け。

◆下本地崇 1969年福岡市生まれ。九産大卒。 10代より総合芸術を意識。様々なジャンルとのコラボレーションを繰り返し、音楽、絵画、写真、映像、舞台などを幅広く手掛ける。主な作品にアルバム「ドクソウシネマ」映画「6600ボルト」など。

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