男性に中絶を迫られたことがあるシングルマザーが、経口中絶薬について思うこと

長岡 杏果 長岡 杏果

人工的に妊娠中絶ができる飲む中絶薬「経口中絶薬」。世界80カ国以上で使われており、世界保健機関(WHO)によれば、母体に負担をかけずに妊娠を終わらせることができる安全な方法とされていますが、日本ではまだ承認が検討されている状態です。

2021年12月にイギリスの製薬会社であるラインファーマが製造販売を厚生労働省に承認申請しましたが、2022年5月には厚労省が国会で「経口中絶薬が国内で使えるようになっても、服用には配偶者の同意が必要」と答弁。それに女性の権利を求めて批判が相次ぐなど、承認をめぐって多くの議論を呼んでいます。

過去に男性に中絶を迫られ、どうするべきか悩んだことがあるシングルマザーのTさん(沖縄県在住・20代)に、一連の報道について感じることを聞きました。

――Tさんが中絶を迫られた経緯について教えてください。

結婚を前提にお付き合いしていた男性との間に子どもを授かりました。ところが彼に妊娠したことを伝えると、「父親にはなれない、中絶してほしい」という返事が返ってきたのです。

もちろん彼と一緒に子どもを育てていくつもりでしたから、「中絶してほしい」と言われたときは頭の中が真っ白になり、人生最大の絶望を味わいました。当時は精神的に非常に不安定になり、1人で子どもを産んで育てられることが考えられなかったのです。

また、私の両親は離婚しており、父も母も新しい家族と暮らしています。私自身に頼れる親族がいない状態だったので、1人では育てていけそうにもなく、男性に言われるまま、中絶を考えました。

――しかしその後、中絶をキャンセルして、子どもを産む決断をされたそうですね。

産婦人科で中絶の予約をしてからも「中絶をするという選択で本当にいいのだろうか?」と四六時中考えていました。そして考え抜いた末、中絶はあくまで「彼が望んだこと」であって、決して「私の意思ではない」と気づいたのです。

冷静に考えてみると、私は妊娠したことがとてもうれしかったですし、産むつもりだったのに、彼が父親という責任から逃げたいがために私に中絶を押し付けてきただけの話です。

彼に中絶してくれと言われた当時は、「中絶した方がこの子のためにもいいのかな…」と考えてしまったこともあります。ですが、それは赤ちゃんのためではなくて、私自身も彼と同様、自己中心的な考えから親として責任を負わないために、中絶を選択しようと考えてしまったように思います。

もちろん将来への不安や心配ごともたくさんありましたが、自分が後悔しない選択はなにかと考えたときに、「中絶したら絶対に後悔するし、罪悪感を背負う人生になるだろう」と強く感じたのです。

――シングルマザーとしての生活はどうですか

子どもを産んだことも、シングルマザーになったことも何一つ後悔していません。いまでは彼の気持ちに従って中絶しなくてよかったと心の底から思っています。子どもは本当に可愛いですし、子どもとの生活も楽しく送ることができています。

――日本でも経口中絶薬が承認されるかもしれない件について、どう思いますか

経口中絶薬は、確かに女性の体への負担が少なくて済むのではないでしょうか。望まぬ妊娠で、中絶が必要なケースもありますし、選択肢が増えるのは歓迎すべきことだと思います。

しかし負担が少なくなる分、安易に中絶を選択する女性が増加してしまわないかが心配です。負担が軽く手軽にできるようになることで、男性に言われるがまま中絶を選択する妊婦さんも出てくるかもしれません。

そして、女性は妊娠を望んでいたのに、第三者によって中絶薬を飲まされるなんてことも考えられますから、本当に必要とする妊婦さんに処方されるような仕組みが必要だとも思います。 

――Tさんは経口中絶薬で中絶が可能ならば気持ちは変わっていたのでしょうか

現在の日本の中絶手術は、子宮に器具を入れてかき出す「搔爬(そうは)」が主流です。私も産婦人科で中絶手術の予約をしたときは、搔爬での手術になるという説明を受けました。搔爬での中絶手術は、子宮を傷つける恐れもあるのでできれば避けたかったです。そして私のところへ来てくれた赤ちゃんのことを考えると、そんな手術を受けることに、とにかく気持ちが落ち込んでいきました。私の場合は、搔爬という中絶手術の方法も、中絶するべきかどうか悩んだ理由の一つだったので、経口中絶薬が使えていたら、男性に言われるがまま、予定通り中絶をしてしまっていたかもしれません。

ただし、搔爬による中絶法は国際的にスタンダードではないようですし、体に負担をかけるため「時代遅れで行うべきではない」とWHOが指摘していると聞きました。このような選択肢しか選べない現状にも、問題があると思います。

――中絶するべきか悩んだときはどのような行動をとるべきでしょうか

まず、私のように「男性に中絶を迫られた」としても、自分の気持ちとしっかり向き合って自分の気持ちを何よりも優先して欲しいです。

将来のことを考えると不安になるとは思いますが、不安ばかりに目を向けると自分の本心がわからなくなってしまいます。自分の本心ではないのに他人に言われた通りにしてしまうと、後々大きな後悔につながってしまうこともあります。どんな選択をしたとしても、責任は自分自身で取るしかないですからね。

   ◇   ◇

もしも中絶しなければならないような状況になってしまったら、手遅れになる前に中絶相談窓口などに相談してほしいです。中絶の話は他人にはなかなか打ち明けにくいと思いますが、妊娠・中絶は母子2人の人間の命が関わっている重大なことです。1人で苦しみや悩みごとを抱え込んで、手遅れになってしまうことだけは防ぎましょう。

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