「やまむらやってなんの店♪」「やきにく おにくの専門店♪」
京都府と滋賀県の一部地域でなじみのあるこのフレーズは、牛肉や豚肉、鶏肉を扱う「やまむらや」のCMソング。映画の上映前に高確率で流れることでも知られる。
両府県で6店舗を展開するやまむらやは、ユニークなキャンペーンを次々に仕掛ける精肉店としても有名だ。しかも、商品の割引率は半端ない。「出血しすぎでは」と心配するほどの大サービスを惜しまない理由は何なのか。
やまむらやの名物キャンペーンが、敬老の日に行う「シルバー割」と、「いい夫婦の日(11月22日)」の「夫婦チュー割」だ。いずれも2015年に当時取締役だった山村宙載社長(47)が発案した。
シルバー割は65歳以上が対象。牛バラ肉(最大300グラム)の料金に、自らの年齢がそのまま値引率として適用される。70歳なら70%引き、85歳なら85%引き、100歳なら100%引き、つまりタダになる。101歳以上は肉が無料になる上、さらに超過分の年齢1歳につき1円を支払うという。
「最初はやりすぎちゃうかと思いました」。天神川本店(京都市右京区)の吉井祐介店長は話す。しかし、子どもや孫を連れて楽しそうに来店する高齢者を見て、考えが変わった。「仲たがいして口も聞かなかった息子から突然、やまむらやに来てと電話があり、肉を買って家族で食事しました」。店舗にはキャンペーンに感謝する手紙も届いた。昨年まで延べ約1万3千人が利用したという。
「夫婦チュー割」は文字通り、店員の前で夫婦2人がキスすれば、牛ランプステーキ(1枚150グラム、最大4枚)が値引きされる。キスの「部位」で割引率は変わり、頬は30%、唇は50%引きとなる。
「奥さんに連れられ、照れながらキスをする旦那さんが多いです。久々だと言う人も、みんな喜んでいるんですよね」と吉井さん。新型コロナウイルス禍に見舞われた20年と21年は、互いの指先に付けた唇マークのシールを合わせる「非接触」対応で実施した。
しかし、大幅な値引きをして経営は大丈夫なのか。山村社長は「収益をしっかり還元するのが目的で、毎日している訳ではないので問題ありません。思わず笑ってしまう温かい企画を目指しています」と話す。シルバー割や夫婦チュー割は、家計だけでなく、家族や夫婦の仲を助ける効果もあるようだ。
独創的な企画は、会社のDNAでもある。山村社長の父は京友禅工場の倒産を経て食肉業界に転身し、1978年にやまむらやを創業した。だが、当時はまだ精肉店の参入障壁が高い時代。「焼肉・バーベキュー専門店」として特化し、無料で自家製のタレの提供やバーベキュー用コンロの貸し出しを始めた。業界では異端視されたが、父は独自の商いを貫き、顧客を増やした。
2020年に就任した山村社長も、独自性を継ぐ。次から次に提案する企画のアイデアは、「お得感」だけの視点にとどまらない。
今年2月9日に行ったのは、着なくなった衣類と金券を店頭で交換するキャンペーンだった。2月9日は語呂合わせで「肉の日」、そして「服の日」でもある。衣料の廃棄を減らすため、下着などを除いて1着につき290円の金券をプレゼントした。3000円の買い物につき1枚使えるため、実質約1割引となる。
SNSで告知したところ、全店に持ち込まれた衣類は約1700着に上った。全て兵庫県のNPO法人に送り、現金化してベトナムやミャンマーの人材育成や環境支援活動に充てられたという。
昨年には精肉の冷凍自販機を導入した。コロナ禍以降、各地にさまざまな食品の自販機が登場する中、同社は何が出るか分からない「肉ガチャ」(1回2千円)も搭載した。2500~1万円相当の近江牛が当たるとあって、自販機で最も人気の商品という。
若者向けの恒例キャンペーンは、受験生対象の「不合格通知ステーキ」。合格をつかみ取れなかった受験生が不合格通知を持参すれば、1校につきミスジステーキ1枚(120グラム)をプレゼントする。「恥ずかしがって利用は少ないのではと思ったんですが、最高で1人8通の不合格通知を持って来られました」(吉井さん)
ただ、食肉業界を取り巻く環境は厳しい。畜産牛の飼料価格は上昇し、燃料費や輸送費も高騰。精肉も値上げが相次いでいる。山村社長は「収益が厳しいのは事実だが、狂牛病や原油高などで苦しい時期は過去に何度もあった」とし、企画の継続を宣言する。「こんな時こそいつも通りの大幅な割引きキャンペーンを続けたい。『また変なことしてる』と苦笑してもいい。皆さんに笑ってほしいですから」