年の瀬の慌ただしい時期に、吉本興業所属のピン芸人”パンヂー陳”こと、陳明裕歯科医が謎の写真を送りつけてきた。近所の喫茶店の窓から激写した一枚をよーく眺めると、なにやらおぼろげに女性が車の中で座っているようにも見える。車は陳さん自慢の高級車。コーヒーを飲んでいた手を休め、慌てて駐車場に走ってみると、そこには誰もいなかったというのだが…。(聞き手・山本智行)
陳明裕(以下、陳):やっ、山本さん、出たんですよ、ついに出ちゃったんですよ。
--えぇ、なんですか。陳さん、やっと便秘が治りましたか?
陳:何を暢気なこと言ってはるんですか!急に霊感が強くなっちゃったのか、この前、近所の喫茶店の窓際の席で、コーヒーを飲んでたら、ついさっき駐車場に止めたばかりの僕の車の中に見知らぬ女の人が座ってたんです。
--車上荒らしか何かですか?
陳:この写真見て下さい!車上荒らしがこんなに暢気な様子で車内で寛いで座りますか?取るもん取って、さっさと出て行きはるでしょう!?
--ちょっと見にくいですが、確かに、そう見えますね。じゃあ、誰かが自分の車と間違えて乗ってしもたんでしょ。カギかけてなかったんとちゃいますか?
陳:僕もそう思って写真撮った後、すぐ車に行って確かめたら座席には誰もいなくて、ちゃんとカギもかかってました。
--じゃ、反射で陳さんが映り込んだだけでしょ?そんなことで大騒ぎしないでくださいよ。
陳:いやいや、それはないです。窓際の席には僕しか座ってなかったんですが、僕にしては髪の毛が多過ぎます。女装の趣味もないですしね。
--いやいや、髪の毛より、ぱっと見、性別も違うようですしね。陳さん、まじめな顔してますが案外、過去の女性問題がこじれてるんとちゃいますか?車の合いカギ、渡してたんでしょ。
陳:全く見たこともない人ですし、こじれるほど私、女性に持てません。
--はい、確かに陳さん持てないですもんねぇ。でも、幽霊にしては、背筋もピーンと伸びてますし、ポーズがちょっと、イメージと違いますね。
陳:まあ、確かに、幽霊と言えば、あの「恨めしや~」のポーズですものね。ちなみに、あのポーズを最初に広めたのは誰か知ってますか?
--何ですか、その話の展開は。知ってますかって、言われてもねぇ。そりゃ、最初に化けて出た幽霊さんに決まってるでしょ。
陳:確かに、そうかも知れませんけど、それだとみんながその幽霊を見ないと広まりませんよね。諸説あるみたいですが、江戸時代後期の絵師、丸山応挙が描いた絵から広まったというのが有力です。
--丸山応挙といえば、子犬の絵も有名ですよね。そうそう、以前、陳さんが実家に応挙の屏風がある、と言って自慢してはったのに、某人気鑑定番組に出品して見事、ズッコケたやつでもありますね。
陳:いらんことはよう覚えてはりますね、応挙は人気なだけにそれだけ偽物も多いんです。幽霊の話に戻りますが、幽霊の絵を初めて描いたのは、円山応挙といわれています。
--へぇー、応挙は写実主義だったはずなのに、想像でも描きはるんですね。
陳:いいえ、応挙は写実主義で、しっかりと観察して描いたからこそ、あの有名な表パン屋、いや、ウラメシヤのポーズに至ったそうです。
--コボケは入れんでよろしい。ところで、応挙もめちゃくちゃ霊感が強かったんですか?
陳:応挙の霊感がどうだったかは知りませんが間違いなく、しっかりと観察して描いています。
--はぁ、どういうこと?
陳:もちろん、幽霊ではなく、火事などで亡くなった人をしっかり観察して描いたと思われます。これは、大学の時の授業の受け売りなんですが、この腕を曲げてうらめしやー!とするポーズや、足がないと言うのは解剖学的に正しい、と授業で習いました。まず、うらめしやーと言う手のポーズですが人間、焼け死ぬと熱硬直が起こり、筋肉が収縮します。筋肉には屈筋と伸筋がありますが、一般に筋量は屈筋の方が多く収縮力も屈筋の方が強いので、関節が曲がった状態になり、あのポーズを取ります。
--でも、左右で手の高さも違いますよ。
陳:それは利き腕の方が収縮力が強いので、同じ高さではなく利き腕の方が、より大きく曲がるので、高さが異なってます。
--じゃ、足がないのはどう説明するんですか?
陳:小学生じゃないんだから、そんなムキにならなくっても…。それもちゃんと解剖学で説明がつくんです。足も当然、死後硬直が起こります。手と同様に屈筋の方が強いため、関節が曲がると正座のような姿勢になります。しかし、当時は着物を着ていたため、足が着物に隠れて見えなくなり、あたかも足がない様に見えたのだと類推されると教授が言うてはりました。
--なるほど。その方、有名な教授なんですか?
陳:教授の名前も顔も、もう覚えてません。当時、僕は解剖学に限らず、大抵の授業は寝ていましたので…。でも、この時だけはちゃんと起きて、また寝た記憶があります。
--最初から最後まで起きといて下さい。寝ぼけて聞き間違いや思い違いしてはるんちゃいますか?
陳:そういわれるとチョット自信がなくなってきました。この話、よそで言うたらあきませんよ。
--謎の写真というから取材がてら聞いていたのに。まぁ、お陰で幽霊のポーズは納得できたんですが、さっき見せられた写真が、まだ納得できないです。
陳:実はね。車を見に出た後に店内に戻ったら、僕の車の中に乗っていたと思われる女性が店内の反対側の座席に同じ姿勢でポツンと座ってるのを見つけたんで、ホッとして自分の席につきました。
--なーんだ、やっぱり映り込んでただけだったんですね。人騒がせな。
陳:僕もその時はそう思って安心したんです。でも、どう考えても店の反対側の座席に座っている人の顔が駐車場の外の車の窓に映り込むのは不自然だし、ずっと座っている客に店員さんが水も何も出していなかったのも不自然なので、もしかしたら僕にだけしか見えてなかったのかも知れません。
--どっちなんですか。こんな真冬に怪談話…。光の加減でしょ?怖いオチはやめて下さいよ。夜、シャンプーの時、目つぶれなくなるやないですか。
陳:君は小学生か!?
--いやいや、陳さん、来年こそ、もっとおもしろくて、ためになる話をお願いします。