あわや廃業「老舗感がすごい」創業320年の薬店 跡継ぎは赤の他人「運命感じた」

堤 冬樹 堤 冬樹

 創業320年の和漢薬販売店「平井常榮堂(じょうえいどう)薬房」(京都市左京区)が29日限りで店を畳んだ。当初は廃業予定だったが、市内在住の薬剤師の女性が事業や店名を引き継ぎ、来月に別の場所で再出発することになった。不思議な縁で老舗ののれんがつながり、店主の男性は「後継者ができるとは。ありがたい」と感慨深げに語る。

 同店は1701(元禄14)年、川端通二条下ルの鴨川沿いで創業した。店のたたずまいは往時の趣そのままで、漢方薬や日本古来の薬草など約500種を扱う。先祖伝来の薬だんすやオランダ語表記の商品看板、素材を粉末にする薬研(やげん)といった古い道具も並ぶ。

 8代目店主の平井正一郎さん(72)は30歳で結婚し、家業に打ち込んできた。便秘、不眠、疲労…。客の悩みに対し、不調の原因を探る。「話をしっかり聞き、顔色や息づかいも観察して薬を選ぶ。生活習慣のアドバイスを含め、その人の体全体を整えるお手伝いをしてきた」と話す。

 だが、薬草類を煎じる手間やにおいが敬遠されるなど時代の変化もあり、「子どもに店を継がせることは考えなかった」。父の死去に伴う相続の問題も数年前に持ち上がり、やむなく廃業を決めた。

 そんな時に出会ったのが、薬剤師の古川和香子さん(47)だ。福井県出身。大学で漢方や薬草を勉強し、卒業後に京都市内の漢方を扱う診療所で働き始めた。いつか、自分の店を持つのが夢だった。

 当時から平井さんの店は気になっていたが、「老舗感がすごく、入る勇気がなかった」と苦笑する。いったん京都を離れたが、数年前に戻り、昨夏に意を決して初めて店内へ。ずっと店に興味があったこと、漢方などを長年勉強してきたこと―。平井さんとの話は盛り上がり、初めて見る薬草や古道具の数々に胸が躍った。

 2度目の訪問時。古川さんに開業の意志があることを知った平井さんは店じまいの考えを告げ、「お客さんの行き場がなくなる。商品を引き継いでほしい」と切り出した。古川さんは「驚いたけど、運命を感じた。開業の決心がついた」とその場で承諾した。

 それからは毎週のように店に通い、薬の保管や仕入れ、客のことなどを教わった。「店への愛情がさらに湧いた。お客さんにとっても安心感がある」として、道具類とともに店名も継ぐことを決意。今夏、府事業承継・引継ぎ支援センター(下京区)のサポートで正式に事業承継し、9代目店主に就くことが決まった。

 移転先は左京区高野西開町で11月8日に開店。古川さんは薬剤師のため、漢方の調合ができ、扱える生薬の種類も増える。「平井さんのようにしっかり話を聞き、その人に合った薬を提案したい。まだ見ぬ10代目にバトンをつなぐのが私の役割」と意気込む。

 平井さんは「彼女は実直な性格で、知識や情熱もすごい。場所は変わるけど歴史がつながり、ご先祖様に顔向けできるかな」と笑みを浮かべ、「これまでも時代に合わせ、変化を続けてきた。気負わず、自分なりのやり方で頑張ってほしい」と9代目にエールを送る。

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