東京都内のある商店街で閉店した豆腐店の張り紙がSNSで大きな反響を呼んでいる。86歳の店主が「足腰の不調」から、65年間働いた日々と地域の人に別れを告げる内容だが、特筆すべきは、常連客らの寄せ書きが張り紙のそばに貼られていたこと。アナログながら、シャッター上には可視化された「ツイッターの原点」があった。現地に足を運び、惜しまれつつ店を閉めた豆腐店を取材し、地元住民の思いを聞いた。
都心のある商店街に豆腐店はあった。降ろされたシャッターに貼られたA4サイズの紙には「閉店のご報告」と題したメッセージが手書きされていた。
「4月初旬に足腰の不調によりリハビリ、トレーニングをくりかえし、なんとかもう一度再会(原文ママ)に向けて努力しましたが、86才を迎え残念ながら、体力、筋力がもどらず、残念ながら営業は無理と決めました。65年の長きに渡り、皆様から愛され仕事を続けられたことに深くお礼申し上げます。ありがとうございました」
「再開」でなく「再会」という表現に店主の思いを感じさせた。さらに、この本文に続いて〈毎朝、おはよう、いってきますとあいさつしてくれたこどもたちへ〉との追記も。「あさのあいさつでみんなからげんきをもらいました。これからもげんきでがっこうにいってください。ありがとう。じいちゃんより」。すべて平仮名という、子供たちへの配慮とセンスから、店主の人柄が伝わってきた。
張り紙やガムテープ部分に加え、別の用紙2枚にわたって十数人が寄せ書き。店頭から笑顔で挨拶してくれたこと、小学生時代に鍋を手におつかいに行くと「おまけ」をくれたことなどへの感謝がつづられた。SNSに投稿されて話題になり「Twitterの原点」「お礼と感謝の往復メモ」と指摘された。
同店を“定点観測”してきた常連で、地元在住の40代女性に話を聞いた。「温かい豆乳。会話。挨拶。パックされていない豆腐は大きくてフワフワでおいしい。閉店近い時間、がんもどき3枚で1枚おまけしてくれた。夫が糖質制限ダイエットをしたこともあり、午前中にだけ販売される格安おからと豆乳を朝に。絹豆腐は午前中で売り切れ。息子の離乳食で使った。素朴なおからドーナツも好きだった。香ばしい油揚げも、油抜きして冷凍庫でストックしていた」。店と共にあった日常生活を振り返った。
「大きなステンレスの水槽に沈む豆腐なんて、夏場は本当に涼しげだったし、もう今の子供たちは見ることもないんだろうな、と。『木綿豆腐は水を張ったボウルに沈めて毎日水を変えれば3日冷蔵庫で持つよ』と教えてくれた」という女性。「2016~17年はリハビリで閉めていることも多く、何度もシャッターの前の張り紙をチェックした。ついに終わりかと思うと寂しい。何度も復活してくれていたことには感謝しかないし、本当にゆっくりしてほしい」
減少していく個人商店。「1日に何度も水をくぐる、爪がなくなっているような、独特のあの手が目に焼き付いています」。その魅力は、地元住民の記憶に刻まれた店主の「手」が物語っていた。