京都・舞鶴の漁村にたたずむタイ料理店 自然の営みに沿うオーナーの物語

京都新聞社 京都新聞社

 日本海の波音がさざめく舞鶴市瀬崎。漁村の一角にタイ料理店「フォンディン」はある。農薬や化学肥料を使わない自然農で育てた野菜や果物を使ったサラダに、魚介入りの焼きそば「パッタイ」、府北部の食材を使ったグリーンカレーが楽しめる。オーナーの渡邉さんはタイに長く滞在した経験があり、「料理を通じて、農業のある暮らしや食のことをいいなと感じてもらえたら」。

■世界中を旅行「どんな場所でも生きていける」

 人生は旅とともにあった。静岡市出身で静岡大在学時にタイやインド、トルコなどを巡り、フィルムで写真を撮った。20~30代はタイやインドを拠点にアジアを回り、中南米も訪ねた。チベットやネパールの山岳地帯でたくましく暮らす人々が印象的で、「旅を通して自分で決めて、自分で進める力がついた。どんな場所でも何とかして生きていける」。

 帰国しては、住み込みの季節労働で旅費をためた。沖縄の島でサトウキビを刈り、愛媛でミカンを収穫し、北海道でサケをさばいた。長野県や静岡県の山小屋でも働いた。「当時は自分が今の暮らしをするとは思わずに農業や漁業のお手伝いをした。旅行者だけでなく、いろいろな事情の人たちに出会った」と振り返る。

■旅の記憶、味で再現したい

 転機は2009年。静岡県の富士山近くで自然農をしながら暮らす高校の同級生と再会した。「日が昇れば起きて働き、薪で煮炊きをして、風呂に入り、日が暮れたら寝る。シンプルさにひかれた」と居候。店を一緒に切り盛りする妻の恭子さんとも出会った。

 2人で福島県に移住しようとしていた11年3月。東日本大震災を旅先のラオスで知った。福島行きをあきらめ、恭子さんの出身地の京都市に移り住んだ。「自分で仕事をするなら宿か、カフェと考えていた。料理はずっとやってきて、旅の記憶で味を再現するのが得意だった」。市内のタイ料理店で働き、開業への準備を重ねた。

■海がきれいで田畑もある舞鶴に 自然農も実践

 恭子さんの父親の実家が瀬崎にあり、「海がきれいで田んぼも畑もあった。こっちのほうがやりたいことができる」。実家の離れを使って13年に店をオープン。店名はタイ語で「雨(フォン)」と「土(ディン)」からとった。

 自然農を舞鶴でも実践する。畑に加えて3年目になる米作りは、水田を耕さない農法にこだわる。田植えの時は、手伝ってくれる人を募って、手植えする。ひもをはって列を整え、木の枝で苗を植える間隔を決めるため、機械は使わない。自然農は「自然の営みに沿い、田畑に謙虚に真摯(しんし)に向き合う姿勢がしっくりきた」と語る。

■地元FMでパーソナリティーも

 舞鶴市のコミュニティーラジオ「FMまいづる」では番組パーソナリティーを担う。府北部の農家や芸術家、移住者らを招いて、「ルーツ」を聞き、さまざまな生き方を伝えている。「暮らしを変える、世界を広げるきっかけに」が番組コンセプトだ。

 店が8周年を迎えた今月7日。リスナーに語り掛けた。「畑に出ると、草の勢いがものすごくて緑の中にのみ込まれるよう。大自然の中にあることや食のありがたみも感じます」

 世界と日本の旅を経て、経験を重ねてたどり着いた舞鶴の地。府北部に「楽しい仲間が増えたらいいな」。思いを巡らせながら土に種をまき、一皿をつくる。

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース