「紀州のドン・ファン」として知られる和歌山の資産家殺害事件で、近ごろ元妻が殺人容疑で逮捕され起訴された。事件の経緯は皆様ご存知の通りで裁判の行方を見守るしかない。今回注目したいのは資産家が残したとされる「遺言書」についてである。
遺言書「有効」なら遺産は全て田辺市に
家庭裁判所の検認を受けていることから「自筆証書遺言」であったわけだが、家庭裁判所はその内容までどうこういうことはないので、現在、筆跡鑑定による有効性が争われている。着目したいのはその内容で「すべての財産を田辺市に寄付する」と書かれていたとされる。元妻の相続権はちょっと横に置いといたとして、他の法定相続人である兄弟姉妹は驚くのも当然だ。
ちなみに兄弟姉妹には「遺留分」が認められないため、遺言書が有効であればすべてが田辺市に寄付され兄弟姉妹に取得財産はない。それに対し元妻は欠格事由さえなければ遺言書が有効でも、遺留分たる財産の50%を請求することができるのだが、有罪になれば当然に遺留分は認められないのですべてが田辺市にいくことになる。
おひとりさま増加で40~70代の半数「興味がある」
実はこのような「遺贈寄付」の事例は、増えつつある。その原因のひとつは「おひとりさま」の増加だ。ここでの「おひとりさま」は独居高齢者世帯のことで、特に子供がいない、兄弟もいない場合、法定相続人は誰もいないわけで、相続財産を「遺贈寄付」にという考えも理解できる。
日本財団が行った遺贈寄付に関する調査によると50.1%のひとが「遺贈寄付」に興味があると答えたという。(2018年金融資産2000万円以上の40代~70代男女)さらにその半分近くのひとが「前向きに検討したい」「具体的に検討したい」と答えている。財産が国庫に帰属されるのだったら、御世話になった施設や自治体、あるいは想いを共有できるNPO法人等に遺贈寄付したいというわけだ。
判断能力のあるうちに手続きを
では、おひとりさまの方のために、もう少し具体的にどうしたらいいのか確認しておく。当然ながら、ご本人がお元気なうち(判断能力)に実行しておかなければならない。これがとても重要だ。①遺言書の作成と合わせて遺言執行者の指定、②任意後見契約の締結で任意後見人を決めておくこと、そして③死後事務委任契約の締結で死後の手続き関係を任せられる人を指名しておくこと、大きくはこの三点になるだろう。
① 遺言書については公正証書遺言が確実であるのはもちろんだが、現在、自筆証書遺言を預かってくれるサービスを法務局が行っている。いずれにしてもこの遺言書に遺贈寄付の遺志を記載しておかなければならないし、そのことを遺言執行者に実行してもらうことになる。
② 任意後見契約は元気なうちに、もし判断能力の欠けた場合の任意後見人を誰に依頼するのか決めておく。親族知人でも専門家でもよいが信頼のできる知った人に委任できることがポイントだ。(任意後見監督人は第三者になる)
③ 身寄りのないおひとりさまにとって、死後の事務等は、大きな心配事である。遺言書ではカバーできない部分の細かい事務の委任で、通常は親族が行ってくれることを前提にしているが、おひとりさまにとっては生前に委任しておくことが必要となるのだ。(葬儀から納骨、遺品整理なども含まれる)
実は、おひとりさまのなかには身元の不明な人も含まれており、そういった人が亡くなった場合に「行旅死亡人」という扱いになる。行旅死亡人というのはいわゆる行倒れの人のことで、明治32年に施行された法律で定められている。運用上、行倒れではなく孤独死した身元のわからない人を行旅死亡人として扱っているわけだ。神戸市では、荼毘にふして5年間は舞子墓園の納骨堂に納めることになっている。訳ありであることは想像に難くない。こういった「おひとりさま」にも行政の手が差し延べられている。