打撲や捻挫などを含めた傷害の応急処置として、まず患部を冷やすことが知られていますが、肉離れなどの重い筋損傷後のアイシングは、筋再生を遅らせることが、神戸大などのマウス実験で明らかになりました。体育やスポーツ、医療の現場では、出血を伴わないような筋損傷のけがに対し、程度にかかわらずアイシングを講じるのが常識になっていますが、それを覆す成果です。
神戸大学大学院保健学研究科の大学院生(当時)川島将人さん(現川崎医療福祉大学助教)、荒川高光准教授、千葉工業大学の川西範明准教授らの研究グループが明らかにしました。研究成果は、生理学ジャーナルの「Journal of Applied Physiology」のオンライン版に掲載されました。
炎症は正常な回復の一過程
肉離れなどの骨格筋損傷は、軽いものから重大レベルまであり、学校体育、スポーツの場面だけでなく、事故や災害による外傷の際に多数発生しています。そうした際に必ず行われるのがRICE(ライス)と呼ばれる処置。Rest(安静)、Icing(アイシング)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字を取ったものです。とりわけよく実施されるのがアイシングですが、これまでの実験では、筋再生が遅れたという報告もあれば、筋再生を阻害することはなかったという報告もあり、長期的な効果は不明でした。また、筋損傷による炎症をアイシングで抑えることについても、近年の研究で、炎症は正常な回復の一過程であり組織の再生にとって重要であることが明らかになっており、アイシングで炎症を抑制することで再生が阻害される可能性があるといいます。
今回の研究で明らかになったのは、(1)重い筋損傷後のアイシングは再生を遅らせる可能性がある(2)アイシングによって、損傷筋を食べる炎症性マクロファージの到着が遅れ、損傷筋細胞の中に十分に入り込めない―の2点です。
(1)については、重度の肉離れに近い状態にしたマウスの下腿にアイシングを実施。ポリエチレンの袋に氷を入れて30分間、2時間ごとに3回行い、2日間続けました。 その後各時点で筋を採取して調べました。アイシング2週間後に、アイシングを実施した群はしていない群に比べ、横断面積の小さい割合が多い-つまり、アイシングによって骨格筋の再生が遅れている可能性が判明しました。(2)は炎症細胞のマクロファージに着目したもの。一般に、損傷筋が再生する際、炎症細胞が集まり壊れた筋のごみのようなものを食べて、そこに新しい筋が作られますが、アイシングをすると、マクロファージの到着が遅れることが分かりました。
1回でも、短時間でも筋繊維の再生に遅れ
アイシングは「体によくない」のでしょうか。荒川准教授に聞きました。
―マウスの研究結果はヒトに当てはめられますか
「われわれはアイシング研究を10年間続けてきています。実験で起こせる筋損傷は、ヒトに当てはめることが大変です。足首の関節1つとっても形も違えば歩き方も違います。どうやったらヒトと同じ筋損傷が起こせるのかが課題です。今回のモデルを『重篤』としているのは、損傷している筋線維の数が全体の半分以上という点からです。『軽微』な筋損傷は、10%程度かそれ以下の筋線維が損傷している場合と考えています」
―軽微な筋損傷にもアイシングはよくないのでしょうか。
「どんな影響を与えるのか検討中です。もう少しで結果が出そうなところまで来ています」
―回数が多いほど、よくないのですか
「今回の実験ではアイシングを繰り返し行っていますが、けがの直後に1回だけ、時間も変えて行ってみたこともあります。その結果、重篤な筋損傷に対するアイシングは1回であっても、時間を短くしたとしても、筋の再生過程は通常より遅れ、1カ月後の筋線維はあまり太くなっていない、という結果が出ています」
重篤な筋損傷では「回復を早めるために冷やさない」選択肢を
―高校野球やプロ野球で先発投手がベンチでアイシングサポートなどをつけている光景を見ます。
「アイシングについては、何を目的にどのように使われているかでさまざまでしょう。投げる、走るという筋活動は同じではありませんし、対象とする部位も異なります。全て一括りにして、アイシングはダメですと言う気はありません。私から言えるのは、細胞を一(いち)から再生させなければならないような重篤な筋損傷に対しては、アイシングはどのような方法であれ、筋再生を悪くする可能性があるということです」
―研究グループの皆さんもやはりアイシングは避けていますか
「筆頭著者である川島将人先生はバスケットボールのプレーヤーでしたが、『昔は何も考えず冷やしていました』と話していました。今は違うと思います。私は半年前にアキレス腱を断裂しましたが、その際、理学療法士からアイシングを勧められましたがしませんでした。ジョギング中に右のふくらはぎに軽度の肉離れを起こしてしまったこともありますが、当然アイシングしていません。どちらも問題なく完治しています」
荒川准教授らのアイシング研究は、10年前、ある学部学生が思いついた実験に始まりました。その後、アイシングの条件を変えたり、温熱刺激を与えたりして、試行錯誤を繰り返しています。温熱刺激は筋の再生が早まっているという結果もあるそうです。
「学校体育の現場において、重篤な筋損傷が起こった場合には、『回復を早めるために冷やさない』という選択肢があることを知ってほしい」と荒川准教授。スポーツ科学の研究が進み、トレーニングの効率だけでなく、疲労やダメージからどれだけ早く回復できるか、「リカバリー」も注目されています。アイシングを含めたRICEがどう進展するのか、注目です。
神戸大のリリースはこちら→
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2021_04_23_01.html
Journal of Applied Physiologyはこちら→
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/japplphysiol.01069.2020