キャリア70年余り 87歳大ベテラン舞台装置家の幕が再び上がる

北村 守康 北村 守康

コロナ禍で大打撃を受けている業界と言えば、飲食業界とホテル業界が真っ先に思いつくが、エンタメ業界とくに舞台(演劇)に携わる人にとっても我慢我慢の一年だった。大阪ミナミ界隈にアトリエを構える舞台装置家の竹内志朗さん(87)は、この道70数年の大ベテラン。舞台装置のデザイン制作に加え、題字の仕事を365日フル稼働で突っ走って来た、まさに仕事の虫。この一年、コロナで舞台の仕事から離れていたが、今春に公演される3作品の舞台装置デザインを1年数ヶ月ぶりに手がける。仕事一筋の竹内さんにとって、さぞかしこの一年は辛かっただろう。

「1年数ヶ月ぶりに舞台道具帳(舞台装置のデザイン画および図面)を描いたので、勘が狂ったみたいで、だいぶ時間がかかりました」と話しつつ、3作品の舞台装置制作を同時進行させながら仕事の勘を取り戻していったというから、その調整力には驚かされる。

 今回の3公演は、新歌舞伎座など有名俳優や演歌歌手が座長を務める商業劇場の公演ではなく、いずれも小劇場を活動のベースとする劇団や演出家によるものだ。感染予防対策のため人数制限が強いられる今、商業劇場での公演は経営的に難しい面も多い。3公演は、演劇ファンにとってはもちろん舞台離れを埋めるという意味で役者やスタッフにとっても待ち遠しかった。

コロナ禍でこの一年舞台の仕事ができなかったが、落ち込むことは無かった。

「コロナが収まればそのうち舞台の幕も上がるやろうと、仕事場の片づけをしたりテレビを見たり(自身主宰の)手書き教室で教えたり、気楽な気持ちで今までにない時間を過ごしていました。ただ、インターネット(オンライン配信)で(人々が)舞台を観るようになったので、劇場で舞台を観る文化そのものが廃れないかということが心配です」

竹内さんは戦後間もない中学生の時、『ロミオとジュリエット』の舞台演劇を観て、舞台装置家になると決め、以来さまざまな裏方仕事を手伝いながら舞台に関わってきた。舞台だけでは生活できないと当時開局したばかりのテレビ局で、テレビのテロップをフリーハンドで書く仕事につき、ドラマ、時代劇、バラエティー番組のタイトルを手がけながら同時に舞台装置デザインを寝る間を惜しんで描き続け、ついには2つの分野で名人と言われる域にたどり着いた唯一無二の存在。2015年には文化の向上発展に貢献したと「大阪市民表彰」を受賞している。

「久しぶりの仕事に気持ちが逸ることはありませんが、かと言って仕事に対する思いはこれまでと変わりません。仕事(の依頼)が無くても当然の年齢ですから、コロナで(舞台の)仕事が無くなって気持ちが沈むことはありませんでした。もちろん来た仕事は精いっぱい頑張ります」と舞台装置家としての意欲は尽きない。

この一年、舞台関係者とはほとんど連絡を取らなかった。理由は、舞台ができないことへの不満をお互いに言うのも聞くのも避けるため。モチベーションを保つ秘訣は、こんな些細な心がけの積み重ねかもしれない。

せん越ながら今後の抱負を聞いた。

「舞台装置の仕事は足腰が動く限り続けます。と言うと不思議に聞こえるかもしれません」

竹内さんほどの大ベテランになれば机上で舞台道具帳を完成させさえすればいいと思うが、実際に組み上がった舞台装置は必ず自分の目で確認しないと気が済まない。図面どおりになっているか、役者の演技を邪魔していないかなどをあらゆる角度から確認し、気になるところは大道具スタッフらと都度修正。その際、客席と舞台とを何十往復行き来するので足腰が弱るとそれができなくなる。いくら創作意欲があっても、手がイメージどおりに動いても足腰が自由にならないと感じたら身を引くというのが、舞台装置家、竹内志朗の信条だ。

早くコロナが終息して、以前のように気兼ねなく劇場に足を運べる日が早く来てほしい。そして竹内さんには一つでも多くの作品を残してもらいたい。

 ◆竹内さんのデザインした舞台装置の公演情報
トロイアの女たち http://maytheater.jp/series/2102/0226_troia.html
ヴェニスの商人 https://stage.corich.jp/stage/110795
芒ノ原デ… https://www.p-bloem.com/work.html

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