11月3日の米大統領戦まで4カ月を残し、野党・民主党の候補指名を固めたバイデン前副大統領は7月9日に、同氏が幼少期を過ごしたペンシルベニア州スクラントン近くにある金属加工の工場で経済政策について演説した。4年間で7000億ドル(約75兆円)と巨額の政府支出で中小の製造業を支援すると表明。前回の大統領選でトランプ氏を支持した白人労働者の取り込みをねらった。世論調査ではトランプ氏よりも優位に立っている候補の政策だけに、実現される可能性は高いと見て注目する投資家は多かったようだ。
だが米株式相場の動きを見ると、ダウ工業株30種平均はバイデン氏が演説した9日に361ドル下落した。ただ翌10日に369ドル上昇と、ちょうど埋め戻した形だ。とはいえ市場の関心はむしろ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済構造の変化。アップルやマイクロソフトといったハイテク株などに資金の矛先が向かい、ナスダック総合株価指数は連日の市場最高値の更新が続いた。どうもバイデン氏の経済政策は、株価材料としては消化難だったといえる状況だ。
バイデン氏が大統領になると株式相場は下落するのではないか、という警戒感はかねて指摘されていた。法人税率を現行の21%から、オバマ前政権時代の28%に戻す計画は9日の演説までにも主張していた。キャピタルゲイン(株式の売却益)に対する課税も強化する方針だ。連邦政府が保有する土地では新規のエネルギー開発、つまり石油の掘削などを禁止する。おおむね規制強化の方向性を示している。リベラルな政策で経済活動は沈滞するという、よくある見立てだ。
ただ、今回バイデン氏が明らかにした経済政策を見てみよう。最も重点を置いたのは政府調達で米国製品を優先する「バイ・アメリカン条項」の厳格適用だ。7000億ドルの使い道は多くを政府による米国製品の購入に充てたうえで、米国内での先端技術の研究開発にも投入して中小製造業を支援するというわけだ。企業が生産拠点を米国に置くよう促す方針も打ち出し、500万人の新規雇用を生むとも言及した。おおむね米国の企業を優遇する方向性を打ち出す半面、再生可能エネルギーに重点投資する「グリーン・ニューディール」といった高コストの提案を避ける穏健なものだった。
バイデン氏は演説でトランプ氏を「株価にばかり関心を向ける」と批判したが、多くの投資家は「トランプ氏の政策とどう違うのか」と感じたようだ。今回のバイデン氏の主張がトランプ氏に似ていることを捉えて、トランプ氏はすかさず「バイデン氏は私から(政策を)盗用した」との主張を始めたという。バイデン氏が演説の場所に選んだペンシルベニアもそうだが、中西部ミシガン州、ミシガン州の白人票というトランプ氏の「地盤」に切り込むのだから主張が似通った面もあるのかもしれない。
とはいえ今回のバイデン氏の演説をきっかけに、単純に大統領選で「バイデン氏当選=株安」という構図が描きにくくなったことは確かだ。さらに今後バイデン氏は、クリーンエネルギーを含むインフラ整備、人種差別の解消、保育や介護といった福祉の改革について順次表明していく。以前なら福祉や人権を重視するリベラル派の経済政策は、企業活動と噛み合わないとされてきたが、最近はむしろ逆だろう。人種差別などの「有害」な書き込みへの対応が鈍いとして、大企業が相次いでフェースブックへの広告を引き揚げたのが象徴的だ。
いわゆるESG(環境・社会・企業統治)への関心の高まりもあって、むしろ経済界が妥当な規制を歓迎するムードさえ出てきたといえる。政府内の多くの主要ポストが空席のまま1期目の任期を突っ走ったトランプ氏と異なり、バイデン氏は副大統領の経験者。党内に基盤もあり、多くのブレーンを集めるルートも持っている。となるとこれまで米国で「自由」の名のもとに野放図だった分野で上手くルールが提示できれば、経済界の支持を集める可能性も高まる。そうなればバイデン氏の優勢が、米株式相場を押し上げる展開もあるだろう。