今から14年前、「崖っぷち犬」として有名になった犬がいました。徳島市内の崩落防止用コンクリートの中腹、地上約40メートルの所で動けなくなり、その救出劇が連日ニュースやワイドショーで取り上げられたのです。
京都・木津川市に暮らすポニョ君も「崖っぷち犬」でした。そう、だから「ポニョ」なのです(映画『崖の上のポニョ』より)。
鹿児島・徳之島で県道の工事現場に設置された崖崩れ防止用の金網に鎖の首輪が引っ掛かり、動けなくなっていたポニョ君。保健所に保護され、2016年5月に大阪へやって来ました。『犬の合宿所in高槻』で新しい家族を探してもらうためです。
ポニョ君は全身、傷だらけでした。地上に降りたくてもがいたのでしょう。軽い脱水症状と栄養失調もあり、毛はパサパサ。のちの検査で真菌(カビ)に感染していることも分かりました。免疫力が低い犬や抵抗力が落ちている犬に発症しやすい皮膚病です。ポニョ君には小さい“ハゲ”がたくさんできていました。
最初にボランティアでポニョ君を預かった溝渕みどりさんは、実は動物が苦手でした。それがひょんなことからハムスターを飼うことになり、「動物愛のフタが開いた」そうです。ご家族は皆、動物好きで、特に犬を飼いたがっていたことから保護犬の預かりボランティアを始め、これまでに約50頭のお世話をしてきました。
ポニョ君はその中の1頭。「真菌症」と聞きうつったらどうしようと少し不安を覚えたそうですが、ご主人がその不安を払しょくしてくれました。
「触ったり撫でたりする代わりに、散歩の時間を増やしてあげればストレス解消になるんじゃない?って、笑いながら言ってくれたんです。治るまでは手袋をはめたりしましたけど、家族の誰も感染しなかったし、ポニョもすぐ良くなりました」(溝渕さん)
翌月の里親募集会ですぐに申し込みがあったポニョ君。早速、トライアルに行きましたが、なんと翌日キャンセルに…。ポニョ君が何か悪さをしたわけではありません。里親希望者の家族間で意思疎通ができていなかったのが原因です。
溝渕さんとは別のボランティアさんの家に連れて行かれると、しばらく不安そうにキュンキュン鳴いていたとか。おうちが定まらず、精神的に不安定だったのかもしれません。でも、ポニョ君の“引っ越し犬生”はまだ始まったばかりでした。このあと、またトライアルの家から戻ってきたことがあり、諸事情で預かりボランティアさんの家も転々…。8月、再び溝渕さんの家にやって来たのですが、それはポニョ君にとって実に12回目の引っ越しでした。
2度目のトライアル先では息子さんの足を咬んでしまったり、散歩中に他の犬に飛び掛かったりして譲渡には至らなかったのですが、そこにも環境の変化が大きく影響していたようです。それまでの“家庭犬”としての生活から、番犬風の飼育環境に変わったと言いますから、きっとポニョ君には戸惑いがあったはず。犬の性格や行動は、環境によって変わるのです。
ただ、もともとは動物嫌いでありながら、すっかり犬の扱いに慣れた溝渕さんとそのご家族に愛情たっぷりにお世話してもらえれば、「咬み犬、吠え犬などの問題犬も上品で賢い犬になる」(犬の合宿所・伊藤順子さん)そうで、ポニョ君も例外ではありませんでした。
温厚な犬に変身(戻っただけ?)すると、トイレットペーパーで“はじめてのイタズラ”をしたり、木の枝やボールで“はじめてのひとり遊び”をしたり。人間社会には楽しいことがたくさんあることを覚えて、11月に本当の家族と出会うことができました。
「食べ物や愛情に飢えていると、遊びやイタズラどころではないんですよね。だから、預かった子がそういうことをするようになると、とてもうれしいんです」(溝渕さん)
ポニョ君の里親さんは最初、小型犬を探すつもりで里親募集会に行ったそう。でも、ポニョ君がトライアル先から出戻った経緯や、引っ張りが強くて散歩が大変なこと、子供が苦手なこと…などを聞いているうちに、「小型犬を希望する人はたくさんいる。でも、ポニョはうちじゃなきゃいけない。子供もいないし、引っ張りにも耐えられる。うちじゃなきゃダメな子に来てもらおう」と考えて、ポニョ君に決めてくれました。
そして、トライアル開始から2日間は仕事をやり繰りして、ポニョ君が不安にならないようずっと一緒にいてくれたとか。そんな優しい里親さんだから、ポニョ君は初日からお父さんの膝にアゴを乗せて眠ることができたのです。