被災地のかつての姿も…原付で全国1741市町村を回った大学生、かけがえのない「ふるさと」の写真に込めた思い

広畑 千春 広畑 千春

 全国の都道府県の数は47。それでは、市町村の数はいくつでしょう。答えは1741。その全てを原付で回り、まちの姿をカメラに収めたネット写真集が、話題になっています。旅をしている間には西日本豪雨などの災害も起き、今は変わってしまった風景も。なぜ旅を始めたのか、お話を聞きました。

 広島大4年の仁科勝介さん(@katsuo247)さん。思い立ったのは大学1年の終わり頃。「単純に、そういや日本のこと全然知らないな、と思い、一つ一つのまちを目で見てみたいと思ったんです。自分の中で最も細かい単位の限界が『市町村』でした」と振り返ります。

 元々写真を撮るのが好きだったこともあり、「それなら全てのまちの写真が載った写真集を自費出版でも作れたら、それが今の日本地図になるかも」と決意。免許を取り、2、3年生の間はアルバイトで旅費を貯め、4年生になった2018年に大学を1年休学し、3月に実家のある岡山県倉敷市から最初の旅に出たものの…直後にスリップして転倒し、脚に全治3カ月の大ケガを負いました。

 文字通り出だしからつまづき、全ての計画は白紙に。「心配性の母に毎日に心配をかけ、父にも『やめておいた方がいいんじゃないか』と言われました。先が何も見えなくなっていた」。そんなとき、宮崎県高千穂市でヒッチハイクで乗せてもらった「お母さん」に「時間かかってもいいから這い上がればいいのよ」と励まされ「こんなところで諦めてはいけない、と力を貰った」と話します。

 110㏄の原付に乗り、時速40キロぐらいでゆっくりと、景色を感じながら日の出から日没まで走り、気になる景色があったらすぐ止めて写真を撮る。夏の猛暑日は体力がギリギリで、スーパー銭湯や温泉で長風呂をして疲れを取り、ゲストハウスやネットカフェで日付が変わるまでブログの更新をし、3~4時間寝てまた出発。泊めてもらった知人や友人の家は40以上に上るといい、長い長いトンネルを出た瞬間、目の前に広がった一面の青空と入道雲に癒されたことも。

 「誕生日に泊まったゲストハウスで偶然ライブがあり、おじさん方の熱い歌声が心に響き、がむしゃらに日々原付を進ませる中、気づけばなんとかここまで進んでいることが嬉しくて『よくこんなバカなことやってるな』と号泣したこともありました」「キツかったです。でも、そのたび現地で出会った人たちが応援してくれた。キツイとき、人に会って、たくさん話して食べて、自分にはまだまだやることがある、と前を向けたことは何よりもエネルギーでした」

 2018年12月末までに8割に当たる1400ほどの市町村を“制覇”したところで貯金が尽き、バイトとクラウドファンディングで資金を貯めて再び2019年9月にスタート。今なお帰還困難区域が広がる福島第一原発周辺は、旅を通じて縁ができた地元の人に車に乗せてもらい、1月には最後となる鹿児島県屋久島町へ。8日に最後の日記を書き終えると間もなく、ツイッターを中心に話題を呼び、「災害で崩れてしまって、我が街のもう見れなくなった光景が残ってて泣いた」というリプライも寄せられました。

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