「勝手に撮るな」前代未聞の試みに社内緊迫 テレビ局が“マスゴミ”映画化…自社の報道現場を長期取材

黒川 裕生 黒川 裕生

「フワッとした理由で始めるのが腹立たしい」

「勝手に取材対象にされるんだから」

「テレビの今(仮題)」という1枚の企画書と簡単な説明だけで社内を撮り始めた監督の圡方宏史らに、東海テレビ放送(名古屋市)報道フロアのデスクたちは苛立ちを抑えることができない。

「気になって仕事にならない」「そもそも何が撮りたいのか」「取材というのはお互いの同意の上でするべき」…

東海テレビのクルーが自社の報道部にカメラを向け、現在のテレビ局が抱える病理を浮き彫りにしていく前代未聞のドキュメンタリー映画「さよならテレビ」が1月から、全国の劇場で順次公開される。先日、映画冒頭のこのシーンが新聞記事で紹介されると、ネットでは「自社を取材対象にするとは、さすが東海テレビ」と称賛の声が上がった一方、「『勝手に取材』って普段お前らがやっていることだろう」「取材される側の気持ちがやっとわかったか」といった書き込みも相次いだ。かくも根強い“マスゴミ”への不信感を内面化しながら、1年7カ月もの間、「身内」に、ひいてはテレビマンとしての自身にもカメラを向け続けた圡方監督は今、テレビに何を思うのか。

カメラを向けられるのは「すごいストレス」

「ホームレス理事長」(2014年)、「ヤクザと憲法」(16年)という、これまた空前絶後のドキュメンタリーを手掛けたことで知られる圡方。前2作同様、東海テレビのプロデューサー阿武野勝彦と組み、16年11月、「テレビの自画像」を描き出す試みを開始した。

ところがこれが幹部らの反発に遭い、開始早々暗礁に乗り上げてしまう。

「この冒頭のやりとりを見て『上層部の態度がひどい』と言う人もいますが、彼らが怒るのは仕方ないと僕は思います。実際、フワッとした説明だけでいきなり撮り始めましたから。むしろ『怒ってくれれば面白い映像が撮れる』という計算もありました。ただ、あそこまで早く衝突するとは予想していませんでした」

「自分も撮られて初めてわかったんですが、実際すごいストレスなんですよ。新聞や雑誌などのメディアと比較しても、テレビの取材には、力ずくですごく荒い部分がある。取材される側が感じる“加害性”という面では、他のメディアよりワンランク上かもしれません」

分刻みの視聴率に振り回される現場

2カ月の中断を経て、「マイクは机に置かない」「打ち合わせの撮影は許可を取る」「放送前に試写を行う」という取り決めを交わして撮影を再開。分刻みの視聴率に一喜一憂するフロアの様子や、企業やスポンサーの要望に応える“Z=是非ネタ”の存在、派遣でやってきた新人記者の危うい取材ぶりなど、圡方率いるクルーはテレビの内幕を容赦なくカメラで切り取っていく。

取材を通じて圡方が改めて感じたのは、テレビの作り手がいかに視聴率に振り回されているかということだそうだ。「取材者として客観的に見ると、少し滑稽ですらあった」と圡方は苦笑する。

「テレビって今、普通のメーカーと全然変わらないんですよ。視聴率を指標にした、完全なマーケティング志向。これをやったら上がる、あれをやったら下がる、というのが分刻みの視聴率で全部わかるので、『効率良く視聴率を取れるものを作ろう』という波が、すごい勢いで押し寄せてきています」

「とはいっても、さすがに報道だけはその波から守られていたんです。少なくとも5年ほど前までは。映画でも『どうやったら視聴率が取れるか』を考える報道部の朝の会議が出てきますが、5年前にはあんなものはなかったと思いますよ。東海テレビはもともと中日新聞とも関係が深く、報道を重視する骨太な社風でした。しかし、ここ2、3年は、視聴率を取れる企画にシフトしてきている感覚がすごくありますね」

それでも、このような型破りなドキュメンタリーにゴーサインを出せる東海テレビは、やはり他局とは一線を画す存在にも思えるのだが―。

「いえ、ひとえに阿武野プロデューサーの存在です。東海テレビにそんな度量があるかと言ったら、そうでもないんですよ。非常に真面目で、保守的で、普通に石橋を叩いて壊すような会社ですから」

「阿武野というでかい器がいてくれて、『何でも放り込んでこい』と1年7カ月の間はほとんど放し飼い状態でした。進捗状況も一切確認なしです。それだけ自由にやらせてもらえるなら、こちらも本気で応えるしかない。狙いすました綺麗なストライクではなく、ビーンボールでもなんでもいいから全力で投げようと。制作上のルールがあったとしたら、その一点です」

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