数多くの社寺がある京都の中でも、世界遺産の一つ、仁和寺(京都市右京区)は、皇室ゆかりの格式高いお寺として知られる。境内に立ち並ぶ建物も、威厳を感じさせる重厚な造りだ。そんな名刹(めいさつ)がこのところ、「黒猫グッズ」に力を入れている。おみくじに念珠、はたまたパンケーキまで。愛らしいデザインと荘重な寺の雰囲気とのギャップがなんともいえない。でも、なぜ黒猫? 由来を聞くと、やんごとない方が関係しているそうで…。
龍安寺や妙心寺といった有名寺院が集まる京都市の北西エリアにある仁和寺。巨大な二王門をくぐり、境内を進むと、左手にこの春に大修理を終えたばかりの観音堂が見えてくる。傍らに立つ授与所をのぞくと、あった、あった。念珠に香り袋、サインペン、朱印帳ケース。本体やパッケージに黒猫の絵柄をあしらったグッズがずらりと並ぶ。
少し離れた場所にある茶所では、招き猫の形をしたおみくじが売られている。色は黒と金の2種類。黒猫は、厄よけや魔よけのご利益があるとの触れ込み。にっと笑った目と口の形が愛きょうたっぷりだ。
檀信徒や拝観客が休憩に立ち寄る「御室会館」の和食処「梵(ぼん)」にも、黒猫はひそんでいた。担当の新後崇弘書記が「どうぞ」とテーブルに出したのは、クリームとあんを添えたパンケーキ。表面にかたどられているのは、法衣をまとった猫だ。手には剣が握られている。仁和寺を開創した宇多法皇の御影(肖像画)がモチーフという。
宇多法皇は、約1100年前の平安時代前期の人物だ。仁和寺の建立は父の光孝天皇の念願だったが、着工後まもなく崩御したため、跡を継いで天皇となった宇多法皇が完成させた。天皇を退いて出家した後は仁和寺に住まいを移し、代々の門跡(住職)を皇族が務める流れをつくった。
宇多法皇の日記は現存していないが、猫について触れた記述が別の史料で引用され、今に伝わる。黒猫パンケーキを注文すると、その内容を現代風の言い回しにかみくだいた添え書きが付いてくる。
「私の所の猫は珍しいんです。墨のように真っ黒で、かがめば黒黍(くろきび)のようだけど、伸びれば弓のようになるんです」。以下、猫の容姿をほめたたえる言葉が並び、「そもそもこの子より優れた子って他にいるんですかね?」と続く。どうやら筋金入りの猫好きだったようだ。
仁和寺が黒猫グッズを増やし始めたのは昨年12月ごろから。拝観課の大石哲玄課長補佐は「黒猫グッズを作ったのは、これまで縁のなかった若い世代や猫好きの人たちと結びつくきっかけをつくるため。宇多法皇が愛猫家だったという典拠があったからできたことです」と説明する。
若い世代にアプローチする背景には、厳しい現実がある。仁和寺の建物の多くは、室町時代の応仁の乱で焼失し、江戸時代前期に再建されている。そのため老朽化が一斉に進んでおり、修理に充てる資金を集める必要があるのだという。
黒猫グッズは今後も拡充の予定だ。仁和寺を支える一助になるのであれば、宇多法皇も喜ぶことだろう。