光り輝く“猫生”になりますように――。黒猫・輝(ヒカル)の名前には、そんな願いが込められています。
2010年4月、鈴木多恵子さんが大阪・吹田市で経営していたブティックの前に突然、1匹の黒猫が現れました。生後半年くらいの幼猫だったそうですが、ガリガリに痩せていて、車の往来が激しい道路を渡ってゴミステーションへ……。動物好きの鈴木さんは、「このままでは事故に遭うか、行き倒れになってしまう」と、店の前にごはんを置きました。すると、黒猫は警戒することなく近寄ってきて、美味しそうに食べたそうです。
その日から毎日、ごはんをあげた鈴木さん。隣の店との間にある植え込みが猫の昼寝スポットになり、3日目にはなでることもできました。「生まれつきの野良ちゃんではなかったと思います。きっと、心無い人間に捨てられたんでしょう」(鈴木さん)。
出勤すると、すでにお皿にエサが入っている日もありました。通りがかりの猫好きさんが入れてくれていたようです。「ガリッチョ」という仮の名前をもらった黒猫は、鈴木さんだけでなく、多くの人に愛され始めていました。
鈴木さんは無責任にごはんをあげていたわけではありません。馴れてきたら捕獲して、命をつなぐつもりでした。ところが、1週間がたった頃、ガリッチョ君は忽然と姿を消してしまいます。「次の日曜日に連れて帰ろう」。そう考えていた矢先のことでした。
実はその前日、お尻にケガをしているのを見ていました。“縄張り争い”でやられたのでしょうか。毛が抜けて血がにじんでいたそうです。
「早く捕まえないと、と思ったのに」
「きのう連れて帰っていれば」
鈴木さんは悔やみましたが、気持ちを切り替えて捜索活動を始めます。写真入りポスターを作ってお店のウィンドウに貼り、ご近所の方々にも呼び掛けて……すると、思わぬ反響がありました。
「たくさんの方から情報が寄せられたんです。野良猫1匹のことに、こんなに心を寄せてくれる人たちがいると思うとうれしかったですし、勇気づけられましたね」(鈴木さん)
ただ、情報を元に駆け付けても、空振りだったり、“猫違い”だったり。あっという間に1カ月半がたちました。
そんなある日、鈴木さんの店から100メートルほど離れたイタリアンレストランから、「うちのゴミ箱を漁りに来る黒猫がいる」という連絡が。「あの子であってほしい。でも、また違うかも……」。複雑な思いで見に行くと、今度はビンゴ! ガリッチョ君はちゃんと生きていたのです。
生存確認はできたものの、たった1週間、ごはんをあげていただけの鈴木さんにすり寄ってくることはなく、捕獲作業は難航しました。鈴木さんは猫好きではありましたが、野良猫を捕獲した経験はなく、方法も手探りだったのです。「素手で捕まえようとしていましたから、かなり無謀でしたね(苦笑)」(鈴木さん)。
イタリアンレストランのテラスでもう一度“餌付け”をしましたが、なかなか触らせてくれません。試行錯誤を繰り返してまた半月近くがたった頃、レストラン向かいの家で捕獲されたと電話がありました。聞けば、その家の猫が夜の散歩から帰って来たとき、ガリッチョ君が家の中まで一緒についてきたそうです。飼われていたのはメス猫。幼猫だったガリッチョ君は、立派なオス猫へと成長していたというわけです。
ガリガリに痩せていた1匹の黒猫は、多くの人たちの協力の下、ようやく鈴木さんに保護されました。そして、輝(ヒカル)という新しい名前をもらい、光り輝く“猫生”を歩み始めたのです。
動物病院での検査の結果、コロナウィルスを持っていることが分かり(現在まで未発症)、他の猫への感染もあり得ることから、先住猫のいる鈴木さん宅ではなく、兵庫・西宮市の鈴木さんの実家で暮らすことになった輝君。9年たった今、甘えん坊の輝君は、まるでストーカーように、鈴木さんのお母さんの後を付いて回っています。