会社員のAさんは、仕事から帰宅して遅い時間に夕食をとると、満腹のままソファに寝転がってテレビを見るのが日課です。そんな生活を続けていたところ、今年の健康診断でついに糖尿病予備群と指摘されてしまいました。
医師からは「健康のために毎日30分は歩きましょう」と指導を受けたものの、残業でクタクタの身体で外を歩く気力はありません。週末にまとめて運動しようと思っても、結局疲れでダラダラ過ごしてしまい、運動習慣はまったく身につきませんでした。
しかし近年の研究では、まとまった運動時間がとれない人でも、食後に「10分間散歩する」だけで急激な血糖値の上昇を抑えられることがわかってきました。本当に長時間の運動をしなくても、血糖値のコントロールはできるのでしょうか。また、気になる体重管理やダイエットへの効果は期待できるのでしょうか。新宿にある藤保クリニックの院長で、糖尿病専門医でもある飯島康弘さんに話を聞きました。
「一度の食後血糖」ではなく、「これを毎日繰り返した先に何が残るか」
―まず、なぜ食後の急激な血糖上昇は身体に良くないのでしょうか
健康な方では、食事でブドウ糖が入ってきてもすい臓から出るインスリンが素早く反応するため、血糖の急な山は作られません。ところが糖尿病の予備群や発症している方では、食事内容や食べ方によって食後血糖の急な上昇(いわゆる「血糖スパイク」)が意外と簡単に起きてしまいます。
血糖スパイク自体が一発で病気を引き起こすわけではありませんが、繰り返されると2つの問題が出てきます。1つ目は血管へのダメージです。血管の内側の細胞(血管内皮)が傷つきやすくなり、動脈硬化のリスクが上がります。2つ目は、すい臓の疲弊です。スパイクに反応して大量のインスリンを出し続けることで、インスリンを作るβ細胞が少しずつ弱っていきます。
「一度の食後血糖」ではなく、「これを毎日繰り返した先に何が残るか」が問題なのです。
―食後10分間散歩するだけで、急激な血糖上昇が抑えられるのは本当でしょうか?
はい、本当です。食後30〜60分ほどで血糖はピークに近づきますが、このタイミングで筋肉を動かすと、筋肉が血液中のブドウ糖を取り込んでエネルギーに使うため、血糖の山そのものを削ることができます。しかも歩行中の筋肉は、インスリンの効きが悪い方でもブドウ糖を取り込める経路を持っていることがわかっています。
2025年のランダム化試験では、糖負荷直後に10分歩いた群で、歩かなかった群と比べて2時間血糖の総量(AUC)・平均値・ピーク値がいずれも有意に低下しました。海外の研究(ニュージーランド・オタゴ大学)でも、毎食後10分ずつ歩いたほうが、1日30分まとめて歩くより血糖変動の改善が大きく、夕食後血糖は平均22%低く抑えられたと報告されています。
―食後に散歩を行う場合、どのくらいの強度で行うべきですか
強度の目安は「少し息が上がるけれど会話はできる」くらいがよいでしょう。時速5〜6kmほどの、ふだんの散歩より少し早足のイメージです。鼻歌を歌うと息切れが出るような、そのくらいで十分です。
―ほかにも食後10分間散歩することで、身体へのメリットはありますか。ダイエットなどの効果もあるのでしょうか?
少し誤解されやすい部分なので、正確にお伝えします。食後10分のウォーキングは、消費カロリーだけで見れば大きくありません。「10分歩いたから痩せた」という直接的な減量効果は、正直に言うと弱いです。
ただし、血糖スパイクを抑えることには、体重管理にとって別の意味があります。急激な血糖上昇を防ぐと、すい臓から出るインスリンの「どっと出る」反応が抑えられる。インスリンは血糖を下げるホルモンであると同時に、余った糖を脂肪として蓄える指令も出すホルモンです。つまり、血糖スパイクを削ることは「脂肪を溜め込みにくい体の状態」を作ることにつながります。
さらに、食後10分のウォーキングを続けていくと心肺機能が少しずつ向上し、日常の疲労感が減っていきます。その結果、階段を選ぶ、もう一駅歩く、といった小さな身体活動が自然に増え、長期的には体重管理にもつながっていく——という関わり方です。
「10分で痩せる」ではなく、「10分で、太りにくい体の状態を少しずつ作る」というのが、いちばん正確な表現だと思います。
―食後の散歩において、注意点があれば教えてください
まずは歩き方です。だらだらと歩くのではなく、太ももを少し高めに上げ、腕を振って、大股気味に歩く。全く疲れないペースだと準備運動で終わってしまいます。「ちょっと疲れるな」と感じるくらいが、ちょうどいい強度です。
次に、低血糖への注意です。インスリン注射や、SU薬と呼ばれる一部の糖尿病治療薬を使っている方は、運動のタイミングによって低血糖を起こすことがあります。必ず食後に行い、主治医と相談しながら薬の量や補食を調整してください。
また、糖尿病で神経障害がある方は、靴擦れやマメ、足の小さな傷に気づきにくいことがあります。履き慣れた靴で、歩いた後に足のチェックをする習慣をつけてください。
ほかにも、進行した網膜症、重い腎障害、心疾患をお持ちの方は、運動強度について必ず主治医に確認してください。
体調が悪い日は休んでOKです。「毎日絶対」より「続けられる範囲で」を優先に、無理なく継続していくことが大切です。
◆飯島康弘(いいじま・やすひろ) 医師/糖尿病専門医・指導医、内分泌代謝科専門医、認定内科医
藤保クリニック(新宿)院長。東京医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科 客員研究員。肥満症専門外来も担当。オンラインで「新宿・血糖オタクの学校(メディノト)」を運営し、糖尿病の最新知見を暮らしの行動に翻訳する発信を続けている。
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