新卒の採用面接では周囲の学生がみんな自分より優秀に見えて、どうにかして自分を良く見せようと、正解ばかりを探してしまうものです。吉谷光平さんが投稿した『就活で高学歴相手に渡り合う話について』は、入社試験という極限の状況下で、2人の学生の「仕事に対する姿勢」の差を鮮やかに描き出しています。
物語の舞台は、ある企業の入社試験で行われたグループワークの場面です。高学歴で自信家の馬場は、事前に問題を知っていたため完璧な課題を完成させ、自分の勝利を確信していました。効率的に「正解」を用意した彼は、余裕の表情でグループの佐藤にその様子を突きつけます。
一方、同じグループの佐藤は、周囲が驚くような行動に出ます。なんとその場で関係各所へ電話をかけ始めたのです。佐藤は、提示された課題に類似する実際のサプライヤー(供給業者)へ直接確認をおこない、馬場たちが算出したデータの価格が、現実の市場では「非現実的」であることを突き止めました。
事前の準備を否定された馬場は、「そんなこと条件に書いてない!」と激しく反発します。しかし佐藤は冷静に「資料には各種条件は自由に設定して良いとあります。であればより現実的に考えるべきではないでしょうか?」と冷静に反論するのでした。
予期せぬ反論に、馬場は焦りを隠せません。「これはあくまで試験!実際の仕事じゃない!」と佐藤を論破しようとしますが、返ってきたのは「仕事だと思ってつい」という呆気ない答えでした。これによって、馬場は試験を「効率よく合格点を狙う課題」でしかないと考えていたのに対して、佐藤は試験を「実際の仕事」と捉え、泥臭く真実に迫ろうとしたことが浮き彫りになります。
この2人を比べると会社にとって本当に必要なのはどちらかを考えた馬場は、もはや何も言い返すことができず悔しさを滲ませるのでした。
読者からは「そもそも無駄に学歴意識高く協調性皆無の人を見下すような奴は要らないよな」「相手を引きずり下ろすと考えている時点で、ダメな気がするな」などの声があがっています。そんな同作について、作者の吉谷光平さんに詳しく話を聞きました。
形式的な選考から生まれた、仕事への「本気度」を問う究極の対比
ーグループワークにはどのような意図があるのでしょうか?
ワークを通して課題への取り組み方、自主性、協調性などを図る意図があると思います
ー「試験として取り組む人」と「実際の仕事として捉える人」という対比は、どのような着想から生まれましたか?
ワーク自体が形式的すぎることが多いと感じたところからです。実際、合格するか否かは詰まるところその会社次第です。
ー佐藤が一歩踏み込んで行動できるようになったのは、彼女のどのような変化があったからなのでしょうか?
親、友人との衝突、インターンでの実務を経て変わったと思います。
<吉谷光平さん関連情報>
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