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「キモチップ騒動」から7年…ネット史に残る大炎上に見舞われた男性が当時を振り返る 「世の中の全てが敵」状態の時に何を考えていたのか

黒川 裕生 黒川 裕生

チップ文化のない日本で、店員に感謝の気持ちを伝えるために企画された小切手風のメモ商品「KIMO TIP(キモチップ)」が、Twitter(当時)を中心に大炎上したのは2019年5月のことだった。「気持ち悪い」「直接言え」「店員にとってはただのゴミ」「気持ちよくなるのは渡した本人だけ」といったネガティブな言葉が飛び交い、開発者のアカウントにも攻撃的なコメントが大量に押し寄せたため、キモチップを紹介する投稿は削除。本人もアカウントを一時的に非公開にせざるを得ない状況まで追い込まれた。「キモチップおじさん」と呼ばれ、一時は“ネットのおもちゃ”状態になってしまった文具メーカー兼デザイン会社「HI MOJIMOJI(ハイモジモジ)」代表の松岡厚志さんに、7年越しに騒動を振り返るインタビューを行った。

【キモチップとは】

海外のチップ文化を参考に、「お金」ではなく「気持ち」を伝える小切手風デザインのアイデア文具として2015年に誕生した。その4年後、当時Twitter界隈で盛り上がっていた「飲食店でのお礼」をめぐる話題に乗じて松岡さんが商品を紹介する文章をポストしたところ、批判が殺到。また、使い方の例として、商品のサイトに小説のような文章を載せていたことも「気持ち悪い」「キモチップおじさん夢小説」などと揶揄された。

◇   ◇

ストレスで3kg痩せた

—炎上していた時はどんな心境でしたか

「最初は商品への批判に対してもひとつひとつリプライを返して建設的なやりとりができていたのですが、拡散が2000RTを超えたあたりから明らかに潮目が変わって罵詈雑言が目立つようになり、手に負えなくなりました。それまで接していた相手が、個別の“人間”から、一気に“塊”になったような感覚で、とてもじゃないけど全てに対応するのは不可能な状態でした。あの巨大な塊が押し寄せてくるような圧力はかなり怖かったですね」

「家でも『心ここにあらず』状態で、食も細くなり、3kgほど痩せてしまいました。飼っている猫もただごとではない雰囲気を察知したのか、普段は滅多にないことなのですが、寝る時に私の布団に潜り込んできました。猫なりに憔悴している飼い主を癒やしてくれようとしたのかもしれません」

—それでも投稿を取り下げることには葛藤があったとか

「消したら“逃げ”になるのでは…という変なプライドのせいで、炎上後も3、4日は削除できませんでした。自分が法律に背くような悪いことをしたのならもちろん言い訳の余地もないのですが、炎上の理由がただただ『キモい』だけなので(笑)。キモチップは個人的にも愛着のある商品でしたし、実際に買ってくださった方からは好意的な声もたくさんいただいていたので、『気持ち悪い商品でした、ごめんなさい』と、商品を否定するようなことはどうしても言えなかったのです」

「実は弁護士と相談して、声明文を出す準備もしていました。文面をチェックしていただいて、公表する寸前までいきましたが、やはり法に触れるようなことをしたわけではないので、最終的に『出さない方がいい』と判断しました」

—騒動はどんな形で終息したのでしょう

「投稿を削除したことで、罵詈雑言の類は耳に入ってこなくなりました。その後は次第にフェードアウトしていきましたが、小さい火は今でもくすぶっているんですよ。『キモチップを忘れるな』じゃないけど、2026年になっても思い出したように言及する人は一定数います」

家族や友人の励まし、応援のメッセージが支えに

—当時、家族や身近な人たちはどうでしたか

「実害という意味では、会社に何件かイタズラ電話がかかってきたり、決まりかけていた仕事がなくなったりということがありました。夫婦でやっている小さな会社なので、存亡の危機のひとつと言ってもいい出来事でしたが、妻は『社史に厚みが出るね』と動じませんでした。また、炎上の真っ最中、都内の山手線に乗った際には、乗客全員が自分のことを知っていて、四方八方から敵意を向けられているような恐怖感に襲われました。誰かに後ろから蹴り飛ばされる気がしてビクビクしていたら、一緒にいた妻に『誰も知らないし、誰も見てない』と笑われました。彼女のフラットな態度にはものすごく救われました」

「ベンチャーの文具メーカーの仲間たちも、ずっと気にかけてくれていました。炎上したのは2019年の5月でしたが、その年の年末にあった文具イベントでは、『この際だから言いたいことを全部言いなよ』と話す場を設けてくれて。自分としても『この件はこれで終わりにしよう』と気持ちを整理できた気がします」

—他にも何か支えになるようなことはありましたか

「実はDMなどで『みんな批判的なことを言っているが、私はいい商品だと思う』と励ましてくださる方もいたんです。会社のサイトからキモチップや他の商品を買ってくださる方も。ネガティブな声が大量に殺到する中で、本当にありがたかったです」

「投稿を消してTwitterからも離れたある日、まだ幼かった我が子を連れて公園に行きました。モンシロチョウの飛び交う芝生で寝転がって空を見たらめちゃくちゃ青くて。その鮮やかな青さが今も忘れられません。『Twitterばかり見てないで、ちゃんと生きろよ』と誰かに言われたような気がしました(笑)。それまでは、少しでも商売につながればと思って四六時中スマホを握りしめてTwitterをチェックする生活を送ってきましたが、もうTwitterじゃなくて子供を見よう。そう心に決めてスッキリしました」

「善意の押し付け」という批判には…

—今さらですが、反省点を挙げるとしたら

「いろんな人からいろんなことを言われましたが、指摘には納得する部分も多かったです。大前提として、キモチップに感謝の言葉を書いて残したらお店の人が喜んでくれるかも、というのが『善意の押し付け』になっていることに気づけなかった。キモいと言われても仕方がないですね。商品のアイデアや作ったこと自体に後悔は一切ありませんが、確かに『自分は良いことをしている』という気持ちに酔っていたのは否定できません。自虐のつもりで書いた小説など、商品の魅力の伝え方も良くなかったと思います」

「今となっては嘘みたいですが、キモチップの『キモ』が、気持ち悪い・キモいの『キモ』と結びつけてネタ化されたのは全くの想定外でした。自分の中にその発想はなく、キモチップはあくまでも『気持ち+チップ』であり、商品を出してから炎上するまでの4年間、脳裏をかすめもしなかったのです。指摘されて初めてなるほどと思ったくらいで(笑)」

「SNSの炎上=リアル社会も敵だらけ」ではない

—炎上を経験したからこその教訓があるとしたら

「誰かを傷つける失言だったり、明らかに悪いことをしたりして炎上したのであれば、もちろん素直にすぐ謝るべきでしょう。でもそうではないと思うのなら、世の中の全員が自分のことを知っているわけではないので、そんなに深刻に受け止めなくてもいい。大抵の場合はネットやSNSの世界だけの話で、炎上している自分のことなんてリアル社会では誰も気にしていません。Twitter(X)で燃えていても、Instagramのユーザーには知られていないなんてことも往々にしてある。だから、この世の終わりだと悲観して落ち込む必要はないと思います。あまり偉そうなことを言うとまた炎上するので、このくらいで勘弁してください(笑)」

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