京都・大原三千院のすぐ近くにある「猫猫寺(にゃんにゃんじ)開運ミュージアム」(京都市左京区)は築100年以上の古民家を寺院風に改装した猫アートの美術館だ。
館内には猫のご本尊やご神体をはじめ、天井画、襖絵や屏風など、猫にまつわるアート作品が数多く飾られている。これらの作品を制作しているのは猫作家の加悦雅乃(かやみやの)さん(25)だ。神社仏閣の彩色師の父・徹さん(55)、羊毛フェルト作家の母・順子さん(55)と家族3人で同館を運営している。
一家の夢は、雅乃さんのこれまでの作品や猫作家の人たちの作品を本格展示できる「猫の美術館」を建設すること。現在、クラウドファンディング第2弾が行われており、実現に向けて奮闘中だ。
きっかけは保護猫の引き取り
加悦さん一家と猫との関わりは、雅乃さんが3歳のとき、徹さん、順子さん夫婦が知人から保護猫を引き取ったことに始まる。キジトラで名前は「レン」(メス、5年前に18歳で没)。一人っ子だった雅乃さんはレンといつも一緒に過ごし、まるで兄妹のように育った。雅乃さんは彩色師の父の影響を受け、小さい頃から絵を描いたり工作をしたりするのが大好きだった。
そのころ夫婦は、仕事の傍ら、近所で行き場のない不幸な猫がいると見て見ぬふりができず、保護猫活動を5年間ほど行っていた。200匹近くを保護し新しい飼い主との縁を繋げたという。ボス気質だったレンは、保護した子猫たちの面倒をよくみてくれた。
雅乃さんが小6のとき、描いた猫の絵が美術展で初めて入賞。それがうれしくて「将来は猫作家になる」と決意した。当時は路上で絵を売ったり、イベント会場でテントを張って作品を販売したりしていたという。「小さくてもいいから、いつかは猫雑貨店を出して、そこで作品も売れたら」。それが当時の一家の夢だった。
大震災の数日前に東北を旅した
転機となったのは、2011年3月11日の東日本大震災だった。その数日前まで、夫婦は東北を旅行していて、ちょうど京都に帰ってきたばかりだった。数日ずれていたら、自分たちも巻き込まれて死んでいたかもしれないと思うと、背筋が凍る思いだった。
徹さんは家族会議を開いた。「俺たちがほんまにやりたいことって何?って、妻と息子に尋ねたんですよ。すると妻は『羊毛フェルトで猫を作りたい』、雅乃は『自分の作品を見た人たちが幸せになるような猫作家になりたい』と。じゃあ、俺は雑貨店を出して2人をサポートするよと言ったんです。せっかく頂いた命なんやから大事に使おう。家族みんなで互いに協力し合いながら、自分のやりたいことを絶対にやりきろうって」(徹さん)
ただ、当時、夫婦の収入を合わせても、生活していくだけで精一杯で、雑貨店を出す資金的余裕などどこにもなかった。
「よく『お金が貯まったらやろう』『時間ができたらやろう』って言うじゃないですか。でも、そんな日はやってこないんです。今やるしかないんですよ。いきなり大きなことをやろうとしても100%できないですけど、今できることなら100%できますから。雑貨店を持つためにとりあえず不動産屋さんに行って、どんな物件があるか聞くくらいなら今でもできる。そこで実際行ってみると、意外と敷金礼金が不要で安く借りられる物件もあることがわかったんです。ほんの一歩踏み出すだけで、それまで見えていなかったことが見えてきたり、応援してくれる人が現れたり。今できることを毎日やっていたらその積み重ねで、お金はなかったけれど、本当に小さな雑貨店を開くことができたんです」(徹さん)