世間からズレた埼玉の虐待条例…問題はそれだけじゃない 指摘された「待機児童の解消がまだ」「民意を聞いたフリ」【埼玉県の条例を阻止した裏側・後編】

谷町 邦子 谷町 邦子

10万もの反対署名が集まり、取り下げとなった埼玉県議会の自民党議員団(以下、県議団)の児童虐待禁止条例の一部改正案。県議団の田村琢実団長は自身の「言葉足らず」が原因であり、「県民の声は聞いていた」「内容に瑕疵はなかった」と発言していましたが、本当にそうなのでしょうか?

「【埼玉県の虐待条例を止めた裏側・前編】」に続き、反対署名を集めた市民団体「みらい子育て全国ネットワーク miraco」の代表・天野妙さんに、条例の内容と過程の問題点について聞きました。

怒り・不安・懸念…を呼び起こした条例

今回の条例の改正案を受けて噴出したのは、「子育てしたことのない人が考えそうなことよね」と実態を知らないことへの怒りや、「欧米でそういう法律があるからなんだろうけど、欧米は支援やサービスが整っていて、放置=虐待としても生活に影響がない」「アメリカと日本では治安がちがうのに同じレベルで放置=虐待とするんじゃない」と日本の状況とは合わないという声。

「条例を盾に子どもが外で遊んでいたら通報して、遊び場をどんどんなくしていくのでは」「子どもが遊ぶ自由や権利を侵害している」と子どもがのびのび遊べなくなるという意見や、「虐待とされることでスティグマ(差別・偏見)を生む」などの懸念。

それらを天野さんは「みなさんの意見は、子育てしていたらわかる、まともで普通の、当たり前の意見ですよね」と言います。なぜ、条例の改正案は天野さんに届いた「まともで普通の意見」からかけ離れたものになっていたのでしょうか。

どこがズレてる? 条例改正案

寄せられた声の中には、欧米と比較して子育て支援が少ないと指摘する声がありました。改正案の中には待機児童問題解消のための対策を行うとされていましたが……。

「埼玉県は学童待機児童数が全国で2位なんです。そもそも、小学3年生以下の児童の放課後が保障されていない状態。待機児童問題を解消してから条例を改正すべきで、順番が間違っていますよね。公的な学童も、民間の学童も足りていない、埼玉県では、保護者が運営している学童も多いのです。『放置云々の前にそれをやらずして何を言っているのか』という意見も多くあり、私も公的にやるべきことをやらないで親に責務を負わせる最悪の条例だと思います」と天野さんは憤ります。

さらに、学童の待機児童が増えていることについては、政治の責任だと言います。

「2016年に保育園の待機児童問題が注目され、『保育園落ちた日本死ね』が流行語になりました。そこから7年、当時生まれた子どもたちが今小学校1年生になっています。あの時点で、待機児童が発生しているのですから、学童が満員になることは7年前に予測できた訳です。その対策ができていなかったということは、行政による無策の結果でしかありません」 

県民の声を聞く…単なる形式的でしかなかった

強い反対を受けるような改正案ができてしまった背景として、天野さんは自民党の埼玉県議団の「驕り」と、「県民の声を聞く」ことの形骸化を挙げました。

「今回の県議団の『虐待をなくしたい』という目的はあっていたけれど、『条例を作る』という手柄を立てたいがため、手段もプロセスも間違っていたと思います。というのも、県民から意見や情報を集める”パブリックコメント”を行ったと発言していますが、自民党の埼玉県議団のホームページのみで公開されていただけ。産経新聞の報道によれば、1カ月の期間中に専用フォームに来た意見は1件だけだったとのこと。なので、13日に田村団長に署名を手渡した際『パブコメ1件で「民意をはかった」と、本当にそう思われるのか』と聞くと、『突っ走ってしまった』との答えでした」

改正案にはさいたま市PTA協議会も反対の署名を集めていましたが、それについても「県内のNPOとかPTAの人たちにも手紙を送り、返事がなかったので問題ないと思っていた」と天野さんは聞いたそうです。

「『返事がないからいい』ではなく、自分たちで聞きに行ったのか? 『お話し聞かせてください』と言いに行ったのか? と尋ねると、黙り込んでしまい、県議団の方々も多数派であることの驕りであることを認めていました」

さらに、県議団自民党内で多様性が活かせてない状況も指摘します。

「田村団長は10日の記者会見で、『今回の問題は、男女の偏りに起因するものではない』と言っていましたが、13日9人の県議団メンバーにお会いした際、面談の場に女性は同席していませんでした。党内に女性議員がいても、その人たちの意見に耳を傾けることができていない。つまり、組織の中にダイバーシティ(多様性)があっても、インクルージョン(包摂)できていないと感じました」

声を聞いてくれる議員や議会が増えてきている

一方で、待機児童問題をきっかけに2017年に「miraco」が発足してから、今回の条例ほどひどいものは記憶にないと言う天野さん。逆に、子育てがしにくいという声に耳を傾けてくれる議員や、議会が増えてきている感覚を持っているそうです。

「例えば武蔵野市であれば、使用済みのおむつの持ち帰り問題。保育士さんも親も手間がかかり、不衛生でした。そこで、武蔵野市は親たちの意見を取り入れて、おむつは一括で廃棄、2019年4月から親が持ち帰らなくていいようになりました。条例の制定などで決めずとも、すぐにできることはたくさんあります。武蔵野市では親たちが要望を伝えに行く人も多く、行政側(議員も市の職員)も聞きに行っている人が多いと感じます。もちろん何もやっていない議員も多いですが(笑)。双方がやらないといけないのです」

また、近年、SNSなどで「子育て政策に関する」不安や不満を目にする機会が多くなりましたが、良い事だと前向きにとらえているようです。

「不満が増加したというよりも、SNSを通じて不満を言えるようになってきたのだと思います。今までは少数派が我慢すればいいと思われてきた潜在的な問題も、少数派にとって良いことは、多数派にとっても良いことだと少しずつ認識が変わり始めているからこそ、言う人も増えてきているのかと思います」

生活することや子育てすることと、政治の関係について天野さんは次のように語りました。

「今回の教訓は『政治に無関心でいられても、無関係ではいられない』ということに尽きると思います。実はそのことに所沢市民は気が付いたように思います。というのも、10月22日に埼玉県所沢市の市長選挙があり、投票率が約7%上がり、女性票も増えました。その結果、新市長が誕生したとも言われています。もしかすると、これまで投票に行かなかった人も、マズイ!と思ったのではないでしょうか。また、『なんとなく〇〇党』といった、投票行動ではなく、『この候補は何をやりたいなのか? できそうなのか?』『自分がどんな街に住みたいのか?』など、その一歩先を考えられたのではないかと思います。つまり、私たちがどんな社会にしていきたいかということを考え、そして行動に移していくことで、私たちは社会を変えられるということです。微力だけど無力じゃない。市民のパワーは偉大なのです」

◇ ◇

天野さんが代表を務める「miraco」は、待機児童問題とともに、男性の育児休暇取得を実態調査や啓発などで推進しています。さらに、令和5年度「男女共同参画推進フォーラム」の一環として、ワークショップ「日本人って休み下手!?~フランスから学ぶ休み方改革~」を11月23日に開催予定。仕事が属人化して有給休暇がとりにくい日本の状況を変えるために、ゲストスピーカーに髙崎順子さんを招き、経済状況に関わらず休める仕組みを社会が作ったフランスの事例に学びます(参加無料)。

■「みらい子育て全国ネットワーク miraco」公式ホームページ https://miraco-net.com/
■みらい子育て全国ネットワーク(miraco | ミラコ | みらこ・@hoikuenhairitai) Xアカウント https://twitter.com/hoikuenhairitai

■天野妙(@Tae_Amano)さんXアカウント https://twitter.com/Tae_Amano
■「10月13日可決予定!STOP! 埼玉県 子どもだけの登下校禁止条例!! #虐待禁止条例 #改正案に反対します」署名ページ https://chng.it/6mjgSyLzQH
■【NWECフォーラム2023】[#35]日本人って休み下手!?~フランスから学ぶ休み方改革~ https://miraco-vacation.peatix.com/

まいどなの求人情報

求人情報一覧へ

おすすめニュース

気になるキーワード

新着ニュース