2017年のプロ野球引退後も海外球団で現役を続け、2023年はドイツの野球ブンデスリーガ1部「ハンブルク・スティーラーズ」で投げた久保康友(43)が9月中旬に帰国した。シーズン30試合のうち15試合に登板し、戦績は11勝4敗。野球がマイナースポーツのドイツでは、日本プロ野球出身の久保は「スーパースター・クボサン」と大歓迎され、シーズン終了時は「来年もぜひ来てくれ」と監督やチームメイトたちから熱心に誘われたという。ドイツでの日々と、来シーズンの展望を聞いた。
千葉ロッテマリーンズ、阪神タイガース、横浜DeNAベイスターズの3球団で通算97勝を挙げた久保。日本野球機構(NPB)を離れてからは「世界遺産を見て回る」という若い頃からの夢を叶えるため、活躍の場を海外に移し、2018年はアメリカ、2019年はメキシコのチームで現役を続行。コロナ禍の約3年間は完全に無職かつ無収入だったが、長男の少年野球チームで教えたり、関西独立リーグの「兵庫ブレイバーズ」で投げたりと、気ままに過ごしていたという。
「体がすごく楽だぞ!?」ドイツで驚き
4年ぶりの現役復帰となったドイツでの選手生活。英語もドイツ語もできないという久保は、チームメイトやホストファミリーとのコミュニケーションをスマホの翻訳機能で乗り切った。食事に関しては「余ったから持って帰れ」「俺の家に食べに来い」などと、常に気にかけてもらったという。
そして何より驚いたのが、夏場の涼しさと湿度の低さだ。
「過ごしやすいし、体がとにかく楽。試合で投げても朝夕の涼しさで体がアイシングされるのか、日本と違ってすぐ回復するんです。あまりにも楽なので、ろくに練習していないのに『俺、体力ついたんかな?』と思ったくらい。気温ひとつでここまで体調に違いが出るなんて考えたこともなかったので、大きな発見でした」
そう興奮気味に話す久保だが、あなた今、「ろくに練習していない」と言いましたね?
「はい(笑)。特にシーズンの最後の方はひどかったですね。何日も旅行に出て、3日ほど軽く練習して試合みたいな感じ。チームの地元ハンブルクにはほとんどいなくて、レンタカーで毎日あちこち出掛けて、時には国境を越えて隣国に行ったりしていました」
となると、野球の方は…。
「技術は確実に落ちましたし、球速も普段より7km/hくらい遅くなりましたね。『しっかり練習しなかったら本当にパフォーマンスに影響するんやな』ということが身にしみてわかりました。1、2週間休んでそのまま試合で投げるなんて、高校でもプロでも普通はあり得ないじゃないですか。今の僕みたいに野球が趣味だからこそできる“実験”です」
「それでも僕は試合前に2、3日練習しているからまだマシな方。アメリカ人の選手なんて家族に会うために帰国して、試合前日に戻ってきていきなり本番ですから。当然パフォーマンスも全然良くないんですが、僕はむしろ、それをできてしまうメンタルがすごいなあと感心しました。なんだかんだ言って僕は怖かったですもん。パフォーマンスが落ちるのは仕方ないとはいえ、9回ちゃんと投げ切れるのか、体への負担やケガは大丈夫か、といった不安が大きくて。幸い、運動不足による筋肉痛くらいで済んだのでよかったですけど」
ドイツで「スーパースター」に!?
ドイツでの野球は「超」のつくマイナー競技。ブンデスリーガ1部には、北地区8と南地区8の計16チームあるが、野球で生計を立てている選手はほとんどいないという。試合が行われるのは週末だけで、平日はそれぞれ別の仕事をしている。そしてプレーオフの8、9月になると、選手たちも長期休暇で家族と過ごすことを優先するため、試合にギリギリの人数しか集まらないことも…。「やる気がないわけじゃないけど、とにかく人が集まらない。シーズンの最後の方なんてウチは10人とか11人しかいなくて、本気でやってるチームにコールド負けしましたよ。まあ、当たり前ですよね(笑)」
だからこそ、だろうか。NPBで好成績を残した久保に対するドイツ人選手たちのリスペクトは熱いものがあったという。
「40歳を過ぎてまだ現役で、しかも野球が全然盛んではないドイツで投げているなんて、まあ異常だとは思うんですけど。相手チームの選手には『あなたはレジェンド』『一緒に野球ができて光栄だ』と言われて、俺そんな感じなん!? と驚きました」
またドイツでは球場の雰囲気にも刺激を受けたそうだ。
「観客はせいぜい200〜300人程度しかいないんですが、とにかくみんな野球が大好き。点数なんて関係なくて、勝っても負けてもお互いを讃え合う素晴らしい文化が育っていて、その温かい空気感に感動しました」
「逆に日本は今、野球がひたすら勝利や成功を求める“競技”になり過ぎているように感じます。それは結局、運動に興味のない子を野球から遠ざけることになるんですよ。もし本気で日本の野球人口を増やしたいのなら、今みたいに誰もがこぞって名選手や名コーチを目指すより、これまで興味のなかった子に『野球って楽しいな』と思ってもらうことの方がよっぽど大事。僕はいまだに本気で野球をやってないですけど、そっちの方が幸福感は高いと思います」
「僕と同世代の元プロ野球選手たちはみんな『もう野球はやりたくない』と言っています。最初は野球が面白くて始めたはずなのに、いつの間にか金を稼ぐための“道具”になってしまい、最後は嫌になるなんて寂しいじゃないですか。年を取っても集まって楽しくやればいいんですよ。もっと『野球は楽しい』というイメージを共有できればいいのに。上手くなりたい人は勝手に上手くなればいいし、それ以外の大多数の人たちが気軽に携われる環境を整える。今の日本に足りないのは、そういう視点じゃないかなとあらためて感じました」
どうする来シーズン!?
今シーズンを振り返り、「気温と体調の相関や、市民と野球との距離感など、新しい発見が多くてずっと楽しかった」と笑顔を見せる久保。来シーズンの展望については「ドイツで続ける可能性はもちろんゼロではありません。誘われること自体が本当にありがたいですから」としつつも、やはり新しい国、新しい環境に身を置いてみたいという気持ちが強いという。
海外で投げるようになり、夏休みには妻子を呼び寄せて観光を楽しむのが久保家の恒例行事に。それもあって、家族からは「海外で現役を続けるのはいいけど、できれば安全な国で…」と言われているという。
「とはいえ、今の僕のレベルだと、行ける国は限られてくると思います。野球の比重が大きくなるのは望んでいないので、そこまで頑張らなくてよくて、なおかつ行ったことのない国で来年も続けられればベストですね」
「あ、でももしドイツで続けることになったら、もう少し野球に力を入れてみるというのもいいかもしれません。頑張って練習して、来年44歳でパフォーマンスをどれくらい現役近くまで戻せるのかを試してみる。まあ、知らない国に行くことに比べたら優先順位はめっちゃ低いですけど(笑)」
さあ、どうなる2024年の久保康友。前人未到の旅は続く。