米中対立や台湾有事、ウクライナ戦争など世界は再び大国同士が対立する時代に回帰している。そして、これまでその対象地域とは認知されてこなかった場所が新たな戦場となろうとしている。それが北極海だ。北極海というと国際政治や安全保障の対象外というイメージが強いが、我々はそれから脱却を図るべきだ。
周知のように、世界のあらゆる地域に先行して北極海は地球温暖化の影響を強く受け、海氷面積が著しく縮小し、ホッキョクグマが生活できる場所がなくなるなど北極の生態系が破壊されつつある。一方、それによって北極海航路の開拓、北極海に眠る資源へのアクセス(世界で未発見の石油の13%、天然ガスの30%があると言われる)が現実味を帯び始め、エネルギー資源欲しさに国家間の競争が激しくなっている。
冷戦以降、北極海の管理については1996年のオタワ宣言に基づき、その沿岸8カ国(米国、カナダ、アイスランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア)が主体的な役割を担ってきた。中国が台頭するにつれて北極海への関与を強めることに、沿岸国の間では懸念が拡がっていったが、そこには共同で北極海を管理しようという多国間協力があった。しかし、中国が2018年1月に初めて北極白書を発表し、その中で経済的利権を獲得するため「氷上のシルクロード」構想を打ち出すなど米中間の亀裂が深まり、ロシアがウクライナに侵攻したことで状況は一変した。
その後、ロシアは欧米諸国からの経済制裁に遭い、多くの欧米企業がロシアから撤退するなど、グローバルサウスの諸国が安価になったロシア産エネルギーを購入する動きが拡がっているが、ロシアの中国への経済依存は強まっている。それは北極の資源が欲しい中国にとっては都合がいい話で、今後北極開拓を強化すべく、中国のロシアへの投資はいっそう拡大するだろう。両国は今年4月、北極海の沿岸警備で協力を強化することで合意し、最近では両国の艦船が米国アラスカ州のアリューシャン列島付近の海域で大規模な哨戒活動を行った。中国は経済と安全保障両面から北極海への関与を強めている。
ロシアが中国の北極海への関与を後押しすることになり、北極海は新たな地政学的戦場になろうとしている。これまで北極海の管理で主体的役割を担ってきた北極評議会は、既に機能不全に陥っている。それどころか、ウクライナ侵攻直後の昨年3月、ロシアを除く北極評議会の7カ国は、ロシアとの協力を停止することを発表した。今年4月にはロシアと1000キロ以上にわたって国境を接するフィンランドがNATOに加盟したが、今後スウェーデンも加盟することから、それによって北極評議会ではロシア以外は全てNATO加盟国となる。
北極に眠る資源の獲得や航路開拓を巡って、中国の北極海への関与はいっそう強くなろう。しかし、それを巡って米国はこれまで以上に懸念を強めており、米中露を中心とする北極海を舞台とする地政学的戦いはいっそう激しくなるだろう。