6月に入り、天気予報を見ると雨マークが増えてきた。うっかり傘を持たずに外出し、帰宅時に雨が降っている、ということはよくあること。やむを得ず、会社に置きっ放しになっている傘を拝借した経験がある人もいるだろう。もしバレたら窃盗罪になるのだろうか。同罪は10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる。傘1本でまさか…。平松まゆき弁護士にQ&A方式で解説してもらった。
Q 梅雨の季節になりました。会社にあった誰かの置き傘を無断で拝借して翌朝返したとします。法的に何か問題がありますか?
A 司法試験を思い出すご質問です(笑)。受験生なら誰しも知る論点です。この問題について多くの方は「窃盗罪」を思い浮かべると思います。ですが窃盗罪は、単に他人の私物を持っていくというだけでは犯罪は成立せず、窃盗罪の要件の1つとされている「不法領得(ふほうりょうとく)の意思」が必要とされています。
Q 聞き慣れない言葉です。
A 「不法領得の意思」とは(1)権利者を排除して他人の物を自己の所有物として、(2)その経済的用法に従い利用・処分する意思のことを言います。例えば他人の私物をすぐ返すつもりでちょっとだけ持ち去ったとします。この場合は(1)権利者を排除する意思がないとして窃盗罪は成立しません。また、壊してやる、隠してやるという目的で持ち去った場合などは(2)用法に従って利用・処分する意思がないとして、やはり窃盗罪は成立しません(ただし器物損壊罪にはなり得ます)。ご質問の置き傘拝借問題ですが、あくまでも翌朝すぐに返すつもりだったのならば(1)権利者を排除する意思がない=不法領得の意思がないと言えなくもない。つまり窃盗罪の成否が微妙なラインですね。
Q 「返すつもり」ならば窃盗罪にはならないんですか?
A いいえ、そうではありません。どのくらいの時間持ち去られていたかにもよりますし、どういう状況で、何を持ち去ったかにもよります。たとえば買い物に行くのに10分だけビニール傘を借りた、というケースなら不法領得の意思がないと言っていいと思います。しかし価値が高いものなら話は別です。過去に他人の自動車を「返すつもり」で4時間ほど無断拝借したケースでは、自動車は走行によって経済的価値が摩耗するのだから、どんなに「返すつもり」だったとしても不法領得の意思は否定されず窃盗罪が成立するとした例があります。
Q なるほど。そういえば『鬼滅の刃』の単行本全巻が盗難され、後日段ボールで返却されて「読み終えたら返そうと思っていた」という手紙が添えられていたという事件がありましたね。この事件は窃盗罪になったのでしたっけ?
A その事件は持ち主が処罰を求めなかったため立件されませんでしたが、時の大人気漫画という価値があり、その全巻が、数日間持ち去られていたわけですから不法領得の意思は認定できそうです。いずれにしても、他人の私物を無断で持ち去っていいはずがありません。本当に窃盗罪として逮捕や起訴までされるかはまた別問題ですが、法律論はさておくとしても、借りる際は必ず許可を求める、許可が求められないようなら借りないことです。