避妊手術をしたはずの猫が出産…術後に「卵巣」再生か なぜ?獣医師が注意喚起「100%避妊できる術式を」

渡辺 晴子 渡辺 晴子

「【TNRの雌猫の避妊手術は、卵巣子宮全摘出に統一を】
腹部の縫合痕を確認した猫が後日出産するという、あってはならないことが起きました…。
術済み確認後耳カット処置のみで終えた猫が、3頭出産したとの連絡が。
手術は卵巣摘出術で、術後に卵巣が再生したのだと考えられます」

避妊手術をしたはずの雌猫が再び出産したことを獣医師が投稿し、Twitterで注目を集めました。

投稿したのは、横浜市内にあるスペイクリニック「サクラ犬猫病院」などを運営する「サクラの輪 動物愛護会+スペイクリニック」(@SAKURAspayCL、代表・日向千絵)。猫を増やさないように野良猫や飼い主のいない猫などを対象にした避妊去勢手術を行っています。

同病院によると、4月5日、福島県福島市内にある分院「松川サクラスペイクリニック」へ出張した際、地元のボランティアから猫9匹の避妊手術の依頼を受けたとのこと。この日、9匹のうち1匹の雌猫が既に避妊手術痕を確認したため、手術済みである目印の耳カット(サクラカット)を施したといいます。

しかし、2週間ほど経った18日、病院に「先日の出張で手術済みと確認した雌猫が子猫3匹生んだ」と連絡が入りました。手術済みだと確認したにもかかわらず、妊娠・出産に至った経緯について、獣医師らはこう説明します。

「現在、私たちが行う避妊手術は卵巣子宮全摘出術という卵巣・子宮を全て取ってしまうものです。ただし、子宮を残して卵巣のみを摘出する手術(卵摘手術)を行う獣医師もいます。時々卵摘を受けた猫が妊娠出産をする事例が報告されており、今回別の病院で卵摘手術を受けて、術後に残っていた卵巣が再生したと考えられます。猫の妊娠を見落としたのは、術前準備の担当者が膀胱をしぼる前に毛刈りをし、疑いようのない術痕を確認、獣医師も術済みと認め、その後あらためてお腹を触ることがなかったためだと思われます」

さらに今回のように、野良猫などをTNR(Trap/捕獲し、Neuter/不妊去勢手術を行い、Return/元の場所に戻すこと)を行う現場では卵摘手術を受けた猫が妊娠する事例は後が絶たないとのこと。どうして妊娠する可能性があるのにもかかわらず、卵摘手術を行う獣医師がいるのでしょうか? こうしたTNRの避妊手術の実態について、サクラ犬猫病院の獣医師にお話を聞きました。

再度妊娠するリスクのある「卵摘手術」を行う理由は

――卵摘手術を受けたとみられる猫が妊娠しました。今回のように子宮が残っていると卵巣が再生して妊娠する可能性があるのに、TNRの際、卵摘手術を行う理由は?

「それは術創が小さくて済む、手術時間が短いことなどが理由と聞きます。また『全摘だと術後1週間手元に置いて世話をしなくてはならないが、卵摘だと短くて済む』という話に接したことも。執刀する獣医師の考え方や技量ということが関わるのかもしれませんが、私たちは全摘でも手術当日は一晩おいてもらって翌日戻してもらっています。もし全摘で卵巣が再生したとしても、子宮がないので妊娠することは100%ありません」

――卵摘後、妊娠のリスクのほかに病気のリスクもあるとのこと。

「子宮が残るということは、子宮の病気を起こす可能性が残るということです。中でも子宮蓄膿症は高齢になると起こりやすい病気で、病態によっては気づくのが遅れ、気づいた時には命を脅かす程全身状態が悪くなっている、ということがあります。

根本治療は外科手術。避妊をしていなければ『全摘』、卵摘を受けているであれば子宮摘出です。治療が遅れて全身状態が非常に悪くなっていれば、手術をして命を落とすこともあります。かなりの高齢になっていると麻酔や外科手術のリスクと天秤にかけなければならなくなります。卵摘をして、子宮蓄膿症になったらまたお腹を開けるというのでは、割り切れない思いです」

――このように妊娠や病気のリスクが多いのにもかかわらず、TNRの避妊において卵摘手術を行う獣医師が少なくないそうですが…その背景は?

「指導をしてくださった先生が卵摘なので自分も卵摘を踏襲している、『TNRの猫は卵摘』と決めている、ということもあるかもしれません。全国のTNR活動を支えている団体の主要な先生方やチケットが使える病院さん、TNR活動に熱心な有名な動物病院さんで卵摘をしていることが知られています。そこで育った獣医師が独立後も卵摘、というケースは当然ながら多いようです」

避妊手術を受けた猫がまた出産…ボランティアはどう対応している?

――自分が手術を依頼し耳カットをしてもらった猫が妊娠、出産するという事態に直面したボランティアさんはどう対処されているのでしょうか。

「聞いたことがあるのが、手術を安価でしてもらっている、あるいはイベント的に行われ無料であったということで、とてもお世話になっていて、今後お願いできなくなると困るから言えない、と黙っているというケースや言わずに黙って別の獣医師に依頼するようになるケース。当然、執刀獣医師に率直に伝えるケースもあるようです。

ですので、言わずに黙っているケースは、執刀獣医師が避妊手術後の猫が出産したということを知らないまま。今まで卵摘で問題が起きたことはない、と話されている先生も、もしかしたら知らないだけである可能性がありますよね。もちろん問題が起きていないこともあるでしょうが…」

――術後の猫が出産したことがあまり表沙汰にならないのは、言わずに黙っているケースが多いようですね。

「そうですね。複数の術式があるということを知っているのは獣医師である、ということ。どうやら獣医師は避妊手術をする際多くは術式は伝えない、依頼者は『避妊手術をしてもらった』という認識で留まっている、ということがあるようなのです。今回のツイート後に、避妊手術をしても出産をするケースがあると聞いたことがあるが、なぜなのかは知らなかった、という声が届いています。

また卵摘のリスクを承知しているが、団体さんの助成を利用できる、あるいは安価で依頼できる、近隣の病院が卵摘で選択肢がないというボランティアさんがかなりおられると認識しています。たくさんの猫を手術する必要があれば、費用負担の問題は切実ですから」

今後、術後の猫が妊娠していた場合は堕胎の可能性も

――もし妊娠を確認できた場合、どう対応していたのでしょうか?

「私たちの活動の目的は、猫の過剰繁殖を減らすこと、止めること。分かりやすく大きいことを言うならば野良猫をなくすことです。その手段として不妊手術をしています。持ち込まれた猫が妊娠している場合は、妊娠初期であろうが、後期であろうが、間もなく生まれる状態であろうが、お腹の中にいるうちであれば堕胎(だたい)をします。そのため、この時もお腹の中の胎仔(たいじ)を触知し妊娠している可能性を確認していたなら、迷わずに開腹し、堕胎をしたはずです。今後は術済みの雌猫であっても、用心を重ね、同じことが起きないように努めたいと思います」

――今回生まれた子猫は離乳後、貴会で預かり、出産した猫は後日あらためて全摘で避妊手術をするとのこと。こうした事態を招かないよう、訴えたいことや注意喚起をお願いいたします。

「TNRした猫の耳カットは雄雌ともに『この猫は不妊手術を受けました』ということを示しているということが一般の方にも共通認識になりつつあります。それなのに避妊が100%ではない術式が存在し、その術式で手術を受けた猫が多くいること。手術済みなのに出産をしたということが起きると現場に混乱が起き、当事者間の信頼関係が崩れてしまうこと。また二度の手術で猫の体に負担がかかることなど…それらのことは、TNRに関わる全ての獣医師を全摘術、すなわち100%避妊できる術式に統一してもらえたら済むことです。

もしかしたら私たちの知らない事情で卵摘術にこだわっておられる先生もいるかもしれません。であるならば、避妊手術の依頼者に、避妊手術を卵摘で行うこと、あわせて卵摘のメリットとリスクも伝えていただくことをお願いしたく思います。そして、TNRに関わるボランティアさんたちや飼い主さんたちにも、避妊手術には異なる術式があることを知っていただき、自分が手術を依頼する先生の術式を確認することをお願いしたいです」

   ◇   ◇

【サクラの輪 動物愛護会+スペイクリニック】
不幸な命をなくすことを目指す当会の活動内容の第一の柱は、犬猫の不妊手術。現在横浜のほか、郡山、松川(福島市)、那須に拠点を持ち、定期的に手術日を設けている。一緒に活動、あるいは手術に協力してくれる獣医師募集中。また第二の柱が保護動物の丁寧な譲渡活動。保護した動物は、最後まで面倒を見てもらえる家族も幸せになるよう丁寧なマッチングを実施している。

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