「残念ですが大きな腫瘍がお腹に…」→レントゲン撮影後「すみません。ウンチでした」 人獣を悩ませるもの、それは「便秘」

小宮 みぎわ 小宮 みぎわ

私が獣医師免許を取得して動物病院で勤務し始めたとき、いろいろな驚きがありました。例えば、病院内では同僚でも皆が私のことを「先生」と呼びました。「そんな大それたものではございません」みたいな、むず痒い感じでした。そして最も驚いたことは、動物を一番苦しめる病気はがんでも腎臓機能低下でもなく、「生理的な排泄…つまり尿や便が出来ない」ことだったということ。

普段、皆さんは「よし!出すぞ!」などと特別意識することなく、「なんとなく出そうかな?」とぼんやり思ってトイレに入り、いろいろな筋肉の動きを意識することなく排泄されていることと思いますが、排尿や排便というのは、実はとても多くの神経や筋肉の絶妙な連携プレイで行われているのです。

それが、神経や筋肉その他の不調により、あるいは排泄路が物理的に塞がれてしまって、尿や便を出すことが出来ないということが起こります。一方で、生きている限り、食べものを食べる限り、尿や便は製造され続けますので、何日もでなければ体内でどんどん溜まっていき、悶絶します。これが原因で命を落とすこともあります。

私が新米獣医師のころ、元気食欲がなく、吐いている猫を診察した時のこと。腹部の触診で石のように…いや石以上に硬いちょうど大きめのサツマイモ状の塊を確認したので、神妙な顔で飼い主さんに「残念ですが、大きな腫瘍がお腹の中にあります」と説明してレントゲンを撮ったところ、それは腫瘍ではなくウンチだったことがありました!(一生忘れません!猫さん、サツマイモさん、ゴメンナサイ)

ということで現在、当院では何匹もの便秘猫チャンと向き合っています。

しかも、あろうことかうちの飼い猫のハクタロウも便秘になってしまいました。ハクタロウは保護された当時、骨盤を骨折していたのですが、その際に排便に関与する神経も損傷した可能性があります。腰や尾に強い力がかかった猫は、何年か後に便秘症になってしまう場合があるのです。(ちなみに便の排泄路は骨盤の内側を通るため、骨盤骨折で骨盤の内部が狭くなっていると便秘になることもありますが、ハクタロウはそうではありません)

獣医師の飼っている猫が便秘になったので、仕方なく実験台になってもらいました。近年、猫の便秘に使われているお薬をひとつづつ試して観察をしています。

あるときはマグネシウム剤を飲ませたのですが、あっという間にモリモリウンチをするようになりました。ですが、困ったことにこの薬を飲むと急に催すらしいのです。ハクタロウはいつも縁側の座布団に寝転がって日向ぼっこしているのですが、そのときに催して座布団の上に粗相し、本ニャンはヤバイと思ったのかご丁寧にもう一枚の座布団を上に乗せて「ウンチサンド」をつくって隠し、その場を立ち去っていました。

しかし、モリモリ出した後は気分爽快で食欲が出るらしく、ディナーで出すお肉をお残し無しで食べました。いつもであれば、大雑把にたべるのでお皿にたくさんお残しがあるのですが、ウンチサンド作成日は犬並みにお皿がピカピカになっていました。

またあるときは、粉末の食物繊維のサプリメントを飲ませてみました。これは薬では無いので長期間服用させても副作用の心配がなくおすすめなのですが、食べさせるのがひと苦労。ちょうど片栗粉のようなもので、水分があるところでとろみがついて固まります。無味無臭の固体を、猫は好んで食べません。ハクタロウはそれだけを残しました。

そんなこんなで、近ごろの私と家族とのLINEは、もっぱらハクタロウのウンチ報告ばかりになっています。「人差し指〇本分、湿潤もの、出ました!」などの報告を受けます。

便秘の猫…ざっくりと2種類の便秘猫がいると私は考えます。①比較的若くて、むっちりがっしり体型の男の子に多い便秘、②高齢の痩せた子の便秘。また、腸の内側や腸管に接して腫瘍があり、物理的にウンチの通路を通せんぼしていてウンチが出ないというケースもあります。

①の比較的若い、例えば4歳くらいの猫が便秘で動物病院へ来られた場合、私はとても悩みます。排便という行為は、一生涯続きます。4歳で便秘になり寿命が15歳だとすると、ともすれば11年間便秘薬を飲み続けなければならないかもしれません。

便秘薬の中には、長期に渡って飲み続けると、大腸の筋肉の中に点在している神経細胞…これは大腸を上手に動かして便を肛門へ送るお仕事をしているのですが、この神経細胞が減少してしまう副作用を持つものがあります。したがって、その便秘薬は飲めば飲むほど効果が薄れてくるため、服用量をどんどん増やしていかないとすんなり出ないという状態になります。そしてついに神経細胞がほとんどなくなってしまえば、大腸は何をしても動かなくなってしまい、取り返しがつきません。

出来れば便秘の上流にある「便秘の原因を」取り去ってあげたい。出来れば薬を使わずに、食事やせめて食事に混ぜるタイプのサプリメント的なもので、便秘がコントロールできるのであればそれに越したことは有りません。ですから、私の診察の最初は、そのようなお話から入ります。

人間の場合も同様だそうです。便秘になれば、もしかしたら一生涯この「便秘」というものとお付き合いをしなければならない可能性があります。出来るだけ薬を使わずに、先ずは食事改善を考えます。具体的には、食物繊維の多い食べ物や発酵食品をとり、腸の炎症を抑えるために小麦粉や乳製品を控えて、水分を多くとるなど。それから運動、次にサプリメントや健康食品の類で、それでもどうしても出ない時に便秘薬を使うのが正しい便秘治療なのだそうです。

しかし猫の場合、食事といっても、猫は幼少期に食べたもののみを食べものと認識する傾向が強く、おとなになってからは食事を変えると食べない、あるいは特定のものしか食べないといった問題が起こりやすいのです。

ドライフードしか食べてこなかった猫の場合、ドライフードに「便秘用療法食」があるのでそれを試してみますが、それらを食べなければサプリメントやお薬を処方します。が、これがまたひと苦労です。犬は錠剤をドライフードに混ぜると、ドライフードの一種かなと思ってか、一緒に食べてくれる子も多いのですが、猫はそれだけを残してしまうことが多々あります。

口を開けて錠剤を飲ませるというのは、猫によってはなかなか大変です。飼い主さんとの信頼関係も壊れてしまう事態になり兼ねません。私は、先に述べたように長期に服用しても問題が起こらない、かつ体質改善が出来て最終的には便秘が治る可能性があるお薬から処方しようと考えますので、最初の処方候補薬は漢方薬になります。

ですが、飼い主さんにこの私の気持ちと治療方針をうまくお伝え出来ていないと「なんやこの薬全然効かへんやん!」ということになってしまいます。

また、特に複数匹猫を飼っている飼い主さんの場合、便秘と気づくのはかなり重症になってからということもよくあることです。便秘が長期間続いてしまうと、神経が麻痺して大腸の筋肉を動かす指令が出なくなり、あるいは大腸の筋肉が収縮できなくなってダラーンとして動かなくなり、ウンチが大量にたまって大きく太くなった「巨大結腸」という状態になってしまう猫もいます。

巨大結腸になってしまうとどんな薬に対する反応も乏しく、やむなく毎週便を掻き出す…外から腸を揉んで便をほぐしつつ、肛門に指を入れて少しずつ出す…これを麻酔下で行なうこともあります。このとき、詰まっていた便が一気に出ると「迷走神経反射」というものが起こり、急激に血圧が下がり、高齢の場合ですとそのまま心臓が止まってしまうこともあり、注意が必要です。(これは人間も同じです)

最終手段として、大腸を切除してしまうという事も選択肢としてはあります。ただ、②の場合の猫ですと、高齢で腎機能も低下していることが多く、そうなるとリスクが大きいため手術が出来ないこともあります。

ということで、排泄はとても大切であり、良い排便のためには良い食事が必須です。猫は幼少期に食べたもののみを食べものとして認識する傾向があるため、小さい頃に出来るだけいろいろな食べもの、例えば煮干しやちりめんじゃこ、海苔、寒天、ブロッコリーなどの野菜も、食べるようであれば与えてみてください。

ただし、猫は体重が人間の1/15程度ですので、煮干し5匹を毎日与えるということは人間が毎日煮干しを75匹食べ続けることと同じです。これではさすがに塩分過多、栄養に偏りが出てしまいます。体重を考慮して「ほんの少し」を「日替わりローテーション」でいろいろなものを与えるのがポイントになります。

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