「保護した猫を動物病院に連れて行ったが、断られた」…獣医師が診察を拒否できる“正当な理由”とは【弁護士が解説】

猫・ペットの法律相談

石井 一旭 石井 一旭

「怪我をしている野良猫を保護したので動物病院に連れて行ったが、もう閉院時間だからと診察を断られた」「保護した猫が発作を起こしたが、電話で症状を伝えると、ウチでは対応できないと診察を断られた」…まいどなニュースでは日ごろから動物に関する記事を紹介していますが、たびたび目にするのがこういった動物病院で「診察を拒否された」というフレーズです。命にかかわることなので、飼い主さんとしても心細い思いをしたり、納得できなかったりするケースも多いようですが、実際のところ獣医師は飼い主の求める診察を拒否することはできるものなのでしょうか。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。

正当な理由がなければ拒めない…高度な治療に対応できない時も転院の必要性を説明する義務が

獣医師法19条1項は、「診療を業務とする獣医師は、診療を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。」と定めています。

獣医師は、獣医療や保険衛生指導等に携わることによって、「動物に関する保健衛生の向上及び畜産業の発達を図り、あわせて公衆衛生の向上に寄与する」(獣医師法1条)ことを求められている、公益性の高い職業です。このような公益性ゆえに、獣医師は正当な理由なく診療を拒否できないものとされています。これを「応召義務」といいます。

なお、獣医師ではない医師についても、医師法19条1項に同様の規定があります。「医師」という職業が持つ公益性ゆえの責任というわけです。

では、獣医師が診療を拒否できる「正当な理由」とは、どういったものをいうのでしょうか。

これは、獣医師側に診療が不可能な事情がある場合、例えば獣医師が不在であったり、病気や怪我での休診中、他の動物の診療中に診療依頼があった場合などが考えられます。他方、顧客が過去に診療費を滞納していたであるとか、診療時間ギリギリに来所したから、といった理由では、「正当な理由」には該当しないものとされています。

なお、応召義務は獣医師が負担する公法上の義務であり、飼い主との間を規律する私法上の義務ではありません。ですので、応召義務に違反して診療を拒絶されたことを理由に獣医師に損害賠償請求ができるわけではありませんし、診療拒否の結果動物に損害が生じたからといって直ちに獣医師の過失が認められる、という関係にもないと考えられます。

では、「その獣医師が対応できないような症状・動物の治療を頼まれた場合」はどうでしょうか。

法律は不可能を強いるものではありませんので、この場合の診療拒否は「正当な理由」に該当するでしょう。ただし、飼い主に対して、自身では治療が困難であることを伝え、より高度なあるいは専門的な獣医療機関(高次動物医療施設)への転院の必要性を説明し、飼い主に高次動物医療施設の受診を選択する機会を与えること、いわゆる「転院義務」が生じるものと考えられます。

この転院義務は、具体的な転院先の病院を紹介する義務までは含みません。獣医師も、高度獣医療機関や専門獣医療機関を知っているとは限らないからです。

ただし、転院の必要性を一切説明せずに「うちでは診られません」と拒否するだけであったり、自分では治療できないことを隠してそのまま治療を続けた場合は、獣医師の責任が問われる可能性があります。

獣医師の義務のうちで最もトラブルになりやすいのが「説明義務」

この他、診療にあたる獣医師には、診療契約に基づいて獣医師に通常期待される程度の獣医療を行う義務(善管注意義務)、診断書等の交付義務(獣医師法19条2項)、診療簿・検案簿の作成義務及びその作成・保管状況について検査を受忍する義務(同21条)、氏名住所等の届出義務(同22条)、虐待が考えられる場合の通報義務(動物愛護管理法41条の2)など、様々な義務が課せられていますが、獣医師の義務のうちで最もトラブルになりやすいのが「説明義務」です。

ペットの治療を獣医師に依頼する飼い主は、ペットにどのような治療を受けさせるのか、あるいは受けさせないのかについて判断・決定する自己決定権を有します。獣医師は、この飼主の自己決定権を全うさせるため、飼い主に対して、飼い主がペットに治療を受けさせるかどうかにつき熟慮・決断できる程度の説明をしなければなりません。

具体的には、病名、病状、実施する予定の治療方法の内容、その治療に伴う危険性、ほかに選択可能な治療方法があればその内容と利害得失、それらの予後等について、獣医師は、飼い主に対して十分に説明して、飼い主の理解を得る必要があるのです(名古屋高裁金沢支部2005(平成17)年5月30日判決参照)。

日本獣医師会も、1999(平成11)年に「インフォームドコンセント徹底宣言」を出しており、その中で、「適切な医療サービスを提供することを目的として、獣医師と飼い主とのコミュニケーションを深め、診療に際し、受診動物の病状及び病態、検査や治療の方針・選択肢、予後、診療料金などについて、飼い主に対して十分説明を行った上で、飼主の同意を得ながら治療等を行うこと」の重要性を説いています。

私のところに獣医師とのトラブルの相談に来られるケースでも、獣医師側の説明不足を感じることが多くあります。獣医師の皆さんは、診療にあたって、飼い主に対し十分に説明をしていただいた上で、説明した内容をカルテに詳細に記録しておくことや、リスクある治療や手術を開始する際には、そのことを理解した上で治療を希望するという内容の同意書を飼い主さんから取り付けておくことを心がけるようにしてください。

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