家にやってきた猫を保護して飼っていたところ、元の飼い主という人から「猫を返してほしい」と言われて困っているという相談がありました。ペットに関する法律問題を取り扱っているあさひ法律事務所・代表弁護士の石井一旭氏が解説します。
【相談】Aさんの家の近くで人懐っこい猫が現れました。家の庭にもたびたびやってきて、お腹も空かしているようだったので、Aさんは猫を保護して飼うことにしました。AさんがSNSに猫の様子をアップしていたところ、元の猫の飼い主だというBさんが現れ、「猫を返してほしい」といいはじめました。AさんはBさんに猫を返さないといけないでしょうか。
「飼い始めた」だけでは、猫の所有権は有していない状態
法律的に見ると、「猫を飼っている」ということは、飼主が猫の「所有権」を有している、ということになります(借りている、預かっているなどの場合は除きます)。
猫に既に所有権者(飼主)がいた場合、新しく猫の所有権者(飼主)になるには、所有権を持っている人から有効に譲り受ける必要があります。例えば売買で購入したり贈与を受けたり、相続を受けたりする必要があるのです。単に迷い猫を飼い始めることによって、猫の所有権を取得する(猫の飼主になる)ことはできません。
今回のケースでは、Aさんは庭にやってきた猫を飼い始めた、というだけにとどまり、元の飼主であるBさんから有効に譲り受けているわけではありませんので、猫の所有権は元の飼主Bさんのところにあるまま、となります。
そうである以上、その猫が本当にBさんの飼い猫だということがわかったのであれば、猫はBさんに返さなければいけません。
(例外として10年もしくは20年飼い続ければ時効により猫の所有権を取得することもありえますが、猫の寿命からするとあまり現実的な話ではないので省略します)
なお、庭先に入ってきた猫を、他に飼主がいるとわかっていながら自分の飼猫にしてしまうと、窃盗罪や占有離脱物横領罪に該当する危険もあります。例えば前々から可愛いと思っていた隣の飼い猫が我が家の庭先にきたのを幸い、自分で飼うことにしてしまったようなケースです。
迷い猫を拾った場合は、警察に遺失物の拾得届を
ところで、遺失物法という法律をご存知でしょうか。拾い物をしたときに警察に届けて、3ヶ月以内に落とし主が判明しないときは、拾得者がその拾い物の所有権を取得できるという制度を定めた法律です。みなさんも、拾い物をして警察に届けたご経験がおありかもしれません。
財布や傘などだけではなく、猫やイヌ、鳥やうさぎ、亀のようなペットにも、この法律が当てはまります。
自宅にやってきた迷い猫を拾った場合は、警察に遺失物(拾得物)として届け出を出す必要があります。
警察がその猫を遺失物として公告し、そこから3ヶ月以内に飼主が見つからなければ、猫の所有権を取得することができます。3ヶ月以内に飼主が現れれば、猫を返さなければいけません。
動物の場合、希望しておけば、警察による公告の日から2週間以内に飼主が現れなかったときは、その動物の「引き渡し」を受けることができます(遺失物法9条2項2号、同法10条3号、同施行令3条2項、4条但書)。実際には、警察署でペットを預かることは難しいので、拾った人がそのまま引き渡しを受けることも多いそうです。
ただし、この時点では「引き渡し」を受けただけで「所有者(飼主)」とは確定していません。3ヶ月以内に本当の飼主が現れれば猫を返さなければいけません。いわば警察署の代わりに「預かっている」ような形になります。3ヶ月間、飼主が名乗り出なければ、晴れて猫の所有者(飼主)になることができます。
なお、3ヶ月も待っていられない、と、警察に遺失物の届け出をしないまま猫を飼い始めた場合、遺失物横領罪となる危険があります。ペットに限らず、遺失物を拾得したら、必ず警察に届けるようにしましょう。
一方で、飼主が猫を捨てていたような場合は、猫の所有権は放棄されたことになり、したがってその猫の飼主はもういないことになります。
民法239条1項によれば「所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによってその所有権を取得する」とされていますので、そのような猫を飼うつもりで(所有の意思をもって)飼い始めれば猫の所有権を取得し、晴れて猫の飼主となることができます。
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話が錯綜していてわかりにくかったかもしれませんが、まとめますと、
①「拾ってください」と書かれた箱に入っていた子猫のように、捨て猫であることが明らかであれば、そのまま拾って飼うことで所有権を取得できます。
②迷い猫を拾ったら、警察に遺失物の拾得届を提出してください(申告しないまま飼っていると犯罪になってしまう可能性があります)。警察で遺失物の公告がなされて3ヶ月飼主が現れなければ、その猫の所有権を取得することができますが、それまでに飼主が現れれば、猫は元の飼主のところに戻さなければなりません。
③ ただし、他人の飼い猫であることが明らかな猫を自分の猫として飼うと、犯罪になってしまう可能性もありますので、気をつけてください。
「本当の飼い主かどうか」どう証明する?
それでは、Bさんが猫の本当の飼主かどうかはどうやって確認すればよいのでしょうか。実はこれは証明が難しい話です。
いなくなった時の場所・状況の確認や、飼主しか知り得ない情報(手術痕や身体的特徴、身につけていた首輪など)との照合、持っている写真との照合などの方法で、預かっているペットと遺失したペットとの同一性を確認することになるでしょう。
照合がうまくできず、Aさんが「この猫がBさんの猫だとは思えない。Bさんに返すことはできない。」と主張した場合、Bさんとしては猫の所有権に基づく返還を求めて裁判を提起することになります。
裁判になった場合は、「猫を返してほしい」と主張する側が、その猫が確かに自分の所有する猫であることを裁判官に対して証明しなければなりません。この特徴の一致の立証(同一性の立証)はなかなか難しく、性別や毛色の指摘だけでは認められなかった裁判例もあります。
2022(令和4)年6月から、犬猫販売業者に対して、取得した犬猫についてマイクロチップを装着する義務が課せられます(改正動物愛護法39条の2以下。なお飼主の方もマイクロチップ装着が努力義務になります。)。マイクロチップが一般的に普及すれば、この同一性の立証のハードルの高さも解決できるようになるかもしれません。
このような動物の所有権の問題は、飼主によるペットの虐待の場面でも顕在化します。虐待者が動物の所有者(飼主)である以上、動物愛護団体のような第三者が無理に保護することはできません。行政が虐待されている動物を強制的に保護するような手続もありません。猫が明らかに狭いケージに閉じ込められていたり、餌を与えられずガリガリに痩せていても、飼主が「これは自分の猫だ、誰にも渡さん」と言っている場合、第三者は手が出せないのです。
人間の子どもについては、虐待などがあった場合、一時的に親権を停止する制度が設けられています。「命あるもの」である動物の虐待が発生した場合も、子どもの場合と同様に、所有権を一時的に制限する制度の導入を検討してもよいのではないでしょうか。