藤子・F・不二雄さんの名作SF短編、約110作を総力特集する「SFマガジン6月号」に発売前から予約が殺到、SNSで話題になりました。
「発売前から余りにも注文が殺到しているために緊急会議が開かれ、21世紀以降の本誌で最大となる初版部数が決定しました!」と版元の早川書房(東京都千代田区)は公式Twitterアカウント(@Hayakawashobo)にて発表。いったい何が起きているのでしょうか?本号の仕掛け人であり、以前「スタジオぬえ」特集号でも発売前に在庫が全滅、異例の増刷が話題になった本誌編集長、溝口力丸さんに聞きました。
自身にとって「SF」とは「サイエンスフィクション」ではなく「すこしふしぎな物語」である、と語ったという藤子・F・不二雄さん。愛すべき児童漫画作品を数多く世に残した藤子・F・不二雄さんは「ドラえもん」の連載開始前年に大人向けに描いた傑作短編「ミノタウロスの皿」を発表、「SF作家」としての卓越した才能を世に知らしめました。
豊かな想像力と鋭い感性から生み出されるSF短編群は可愛い絵柄ながらもどこか不穏な世界観が描かれており、そのギャップが読者を魅了します。生誕90周年にあたる本年、「藤子・F・不二雄ミュージアム」では「藤子・F・不二雄SF短編原画展」を開催中、また小学館は今月7日より「藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス」の刊行を開始、さらにNHKは9日より「藤子・F・不二雄SF短編ドラマ」シリーズの放送を始めました。
まさに満を持したタイミングで発売される「SFマガジン6月号」の内容について「藤子F先生のSF短編約110本の魅力をこの1冊に!という特集です。藤子プロさん・小学館ドラえもんルームさんに全面協力をいただいた永久保存版」と自らのアカウントで告げる溝口編集長(@marumizog)のツイートに
「昨年のスタジオ・ぬえ特集に続き、次のSFマガジンは、なんと藤子・F先生の『SF短編』特集 SF短編集はプロのバイブルという噂 これは買い」
「小説の師が赤川次郎先生なら、漫画の師は藤子・F・不二雄先生(自分で勝手に思ってるだけですが)。これは絶対に買わねば。読む用と保存用に2冊買っちゃおうかな。」
「買うしかない。」
などと、このビッグウェーブを逃すものかと意気込む人たちからの声が届いています。
なぜ今こんなにも、藤子・F・不二雄さんのSF短編群が脚光を浴びているのでしょうか?「SFマガジン6月号」ヒットの背景には何があるのか、本誌校了を間近に控えた溝口編集長にお聞きしました。
発売前から今号はAmazonのカテゴリ「文芸雑誌」にてベストセラー1位を獲得
――4月中旬現在、発売前から今号はAmazonのカテゴリ「文芸雑誌」にてベストセラー1位を獲得しています。自身が企画・編集した雑誌が多くの人の心をつかんだことへの感想はいかがですか。
いつも話題になるのは初報のタイミング=雑誌校了中でして、手応えを感じる心の余裕もないというか。今回に至っては発売の1ヶ月前、まだ特集原稿の初校すら出ていないタイミングで予約数がどんどこ伸びていくので「取らぬ狸が巨大化していく……!」と呻いています。まず無事に校了してから、あらためて嬉しい悲鳴を上げたいですね。
「ここ10年でぶっちぎり、30余年で最大の初版部数。ネット書店にも信じられないほどの在庫が入るので品切れの恐れはないと信じている」
――ツイートで「Amazonから数千冊の追加」に応えて「4月第2週くらいまで予約に応じて初版部数を増やせるので、手に入らないということはない(はず)」と説明されていました。初版増刷とのことですが累計でどのくらいの冊数に?
はっきりした数字は言えないのですが、ここ10年でぶっちぎりです。それどころか会社の記録を調べたら、今回より初版の多い号は80年代後半まで遡らないとありませんでした。ここ30余年で最大ということですね。昨年の「スタジオぬえ創立50周年記念特集」のときは告知したタイミングで初版数が決まってしまっており、土壇場での増刷対応になったんですよ。そのとき社内から「告知は早めにして!!」とだいぶ圧をかけられ(それはそう)、その反省が今回に活かされた形です。
ネット書店にも信じられないほどの在庫が入るので、品切れの恐れはないと信じています。毎回そう言って大変なことになっている気もしますが、今回こそは。
――今回の企画を思いついた経緯を教えてください。
特集企画は昨年10月頃から練っていました。もともと「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」でSF短編原画展が開催されるというので、SFマガジンでも何かできないかと小学館さんから持ち込みをいただいたのがきっかけです。お話を聞いてみると、この春にNHKでドラマ版が放送され、『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』全10巻の刊行もスタートするとのこと。ここに特集をぶつけたら面白そうだなと思って、全集を買った人が欲しがりそうな企画……といえば、1冊で網羅できるカタログ的な作品総解説かな、という感じで全体像を組み立てていきました。
「科学技術が暮らしに浸透している現代、AIへの関心も。藤子F先生の特集が注目を集めるのも、そういう潜在ニーズの一環では」
――なぜ今、藤子・F・不二雄さんのSF短編群に世間の注目が集まり、ひいては本号に予約が殺到したのでしょう?ヒットの背景には何があると考察していますか。
私もそうですが、マンガやSFが好きだったら藤子・F・不二雄作品は経由しないほうが難しいじゃないですか。SF短編シリーズも学校の図書館とかで出会って衝撃を受けるというパターンをよく聞きますし、「ノスタル爺」の「抱けーっ!!」みたいにネットミームとしてめちゃめちゃ有名になっていたりもする。
SFというジャンルにとって最大の課題はハードルが高そうに見えることだと思っていて、その壁さえなくなれば好きになってくれる人はもっと爆発的に増えると思うんですよ。これだけ科学技術が暮らしに浸透している時代なんですから。いまのAIへの関心もそうですよね。だから、SFのことを「サイエンスフィクション」ではなく「すこしふしぎ」と、のびやかに読み替えた藤子F先生の特集がこれだけ注目を集めるのも、そういう潜在ニーズの一環なのだろうなと感じています。
――本号の読みどころは。
特集記事として大きく立てているのは3つです。
まずは1971年にSFマガジンに収録された「ヒョンヒョロ」を52年ぶりに再録します。全集などで既読の方も多いと思いますが、初出の雑誌に帰還することで生まれる文脈を楽しんでいただけましたら。
次に、先ほど言ったSF短編総解説ですね。「少年SF」「SF・異色短編」の2カテゴリにわけて、年代順に作品解説を掲載しています。扉絵と初出誌などのデータ面を補完しつつ、プロのSF作家・ライター陣による、2023年の読者に向けた熱い紹介が網羅されています。
そのあとに載るのが、脚本家の佐藤大さんと、作家の辻村深月さんによるSF短編の魅力を語り尽くす対談です。それぞれ映画「ドラえもん」の脚本も手掛けるおふたりですが、これがもう泣けてくるぐらい、愛に溢れたトークになっていて必読です。他にもテレビドラマや原画展の情報もありますので、この特集をきっかけにSF短編の魅力がさらに広がるといいなと思っています。
「出版不況と言われ続けているけれど、雑誌・文芸誌にもまだまだできることがある。希望のあるニュースとして受け取ってもらえたら」
さらに「もうずっと出版不況と言われ続けていますけど、今回のような反響を見ると、雑誌・文芸誌にもまだまだできることがあると痛感します。読者や出版業界の方に希望のあるニュースとして受け取ってもらえたら嬉しいですね」と語る溝口編集長。日本漫画界にさん然と輝く児童漫画の巨匠の描いた「SF短編群」、その総解説を通して2023年の読者の心にもより強く、より深く、作品世界の魅力が届いて欲しいですね。
「SFマガジン」6月号は本日、4月25日発売です。
◇◇
「SFマガジン」6月号 1320 円(税込)
早川書房ウェブサイト https://www.hayakawa-online.co.jp/