英才教育を受けたピアニストが放った「7歳以下は教えない」…その意図は? 習い事に賛否「学校以外の居場所を持てる」「子供のうちは遊ぶ時間必要」

宮前 晶子 宮前 晶子

「友人のピアニスト/ピアノの先生に、今までに教えた一番若い生徒の年齢を聞いたら。「私は7歳以下は教えないって決めてるの。子供は遊ぶべきなのよ。私は5歳でピアノを始めて、6歳でバッハのインベンションとシンフォニアを弾いていた。私の子供時代が終わった瞬間。あとは練習と演奏会の繰り返し。一桁の年齢の頃から世界を飛び回って演奏会やって、10歳でオケと協奏曲弾いて…とホントに子供時代ずっとピアノ弾いていたらしく。でも「子供時代が終わった瞬間」と言ってた時、凄く悲しそうだった。色んな世界があるんですね」


オランダ在住のピアニスト・千原ビットナーさとみさん(@stm_pf 以下さとみさん)は、演奏活動と並行して子供たちへピアノを教えています。ある日、3歳児にピアノ指導を行うことになったため、子供へのピアノ指導歴が長い友人に、幼児向け教材のアドバイスなどを請うことを考えました。

しかし、オランダでは3歳児がピアノレッスンを始めるのはかなり早い部類に入ります。そこで、これまでに指導した生徒の最少年齢を確認したところ、7歳以下には教えないとの答えでした。

「うちの娘の先生も6歳以上しか教えないです。コミニュケーション取れないし、本当に好きかわからないから、って。子供のうちは遊ぶ時間必要な気がします」
「3歳半から習いました。ピアノはずっと好きでしたが…趣味ですね。特別な才能があったわけではない」
「最初のピアノの先生は4歳で出会ったが、ピアノを通じて音楽を好きになって、もっと他の楽器や表現を楽しめるようになってと教えてくれた」
「幼い頃から音楽をやっても良いとは思いますが、遊びと両立すべき。定期的に「続けたいか否か」を見つめ直し自由に決められる場を整えるのが大事だと思います…段々雁字搦めになって嫌とも言えなくなるので…※経験者より」
「そもそも練習が嫌で投げ出してしまう子供が大半」
「楽しくピアノで遊ぶのはありなのでは? 子供に厳しくしなくても‥」

その時のやり取りを投稿すると、保護者視点の声、経験者の声などいろんな意見が寄せられました。さとみさんが感じたことや、自身のピアノ歴、子どもの習いごとへの考えなどを取材しました。

英才教育で子供時代を失ったと感じる人も

子供の年齢の話に及ぶと友人ピアニストの表情が沈んでいくのを目の当たりにしたさとみさん。その時のことを「もともと真面目な人ですが、暗い雰囲気になってドキッとしました。彼女は生まれも育ちもロシアで、ピアノの英才教育を受けてきた女性。一桁の年齢から演奏会で世界を飛び回り、10歳でオケと共演したということからもわかるように、かなり優秀な演奏家です。早期に才能を発掘し育ててきたからこそ、ロシアからは素晴らしい音楽家が多く輩出されているのだなぁと思いました。でも、彼女のように子供時代を失ったと感じている人はどのくらいいるのだろうか、とも思いました」

さとみさん自身は、3歳からピアノレッスンを開始。幼稚園の頃は周りが褒めてくれることがうれしく、楽しく弾いていたそう。小学生の頃はスイミングスクールにも通っていましたが、「もっとピアノを究めたいのに、このまま他の習いごとを続けていたらピアノの練習に使う時間がなくなってしまう」と親に伝え、スイミングを辞めることに。それ以降は、ピアノとピアノ演奏以外の音楽スキルを伸ばすための音楽教室一筋でプロになりました。

ただし、「自分の存在意義をピアノに求めすぎたせいで、いつしか『自分にはピアノしかない』『自分からピアノを削いだら何も残らない』と自分に呪いをかけ、ピアノにしがみつくようにもなりました」とも。

「子供は単純で、視野も狭いので仕方ないのですが、大人になってからは、他の道も自分の人生にあったかもしれない」と考えることも。「小さい頃からずっと、『私にはこれしかない』と『私にはこれがある』が混ざった複雑な思いを抱えており、それは今でも変わっていません」と胸中を語ります。

子供たちには音楽の楽しさを感じてもらいたい

子供たちの指導でめざしているのは音楽の楽しさを感じてもらうこと。「私はプロになる教育を受けてきましたが、ほとんどの人は趣味でピアノを弾くことを目的にしています。指導する際には、頭の中にそれを置くようにしています」

プロを目指す過程においては、練習は楽しいことばかりではなく、幼少期でも挫折の連続だったそうですが、「ピアノを習わせたい親御さんやピアノを習いたいお子さんのほとんどは、挫折を繰り返してメンタルを鍛えたり、常に上を見続けて自分に鞭打ちながら練習するためにレッスンに来るわけではないでしょう。音楽って楽しい!と感じてもらえるレッスンを心がけています」

ピアノの上達が早い子の保護者には宿題の進捗を気にかけてあげるように伝えているそうで、「特に習い始めの頃はレッスンを一緒に受けて宿題をサポートしてあげたりすることが大切」とのこと。

入学や進級のタイミングで、ピアノを習うことを検討する親子も多くなりますが、「習い始める前に、実際にピアノをカッコよく弾いている人を子供に見せてみると良いと思います。子供向けの演奏会も良いですし、手軽にSNSやYouTubeの演奏動画を見ることでも構いません。具体的に、これから習うことへのイメージや、頑張ったらこんな風になれる、という目標があると、習い始めた後のモチベーションにも繋がるかと思います」。

さとみさんのレッスンに通う生徒の中には、さとみさんの演奏動画を親子で見て、「こんな風にかっこよく弾けるようになりたいね!」とモチベーションを高めた子もいると教えてくれました。

学校の外に自分の居場所がある、というのは心の支えだった

さとみさんがピアノに出会ったのも、ピアノをさせたら、レッスンの前後に、『よろしくお願いします』『ありがとうございます』といった挨拶ができるようになり、礼儀正しい子供に育つのではという母親の考えがきっかけ。ここまで根気よく続け、演奏家になるということを両親は予想していなかったのではないか、と言います。「私のように小さい頃に始めた習いごとが、その後の人生を変えてしまうのは稀少なケースかもしれません」。

小中学校時代の大半、学校に行くことを苦痛に感じていたさとみさんにとって、ピアノを弾いている時間や、音楽教室で志を共にする仲間と過ごした時間は救いの時間。「学校の外に自分の居場所がある、ということは幼い頃の私にとってはとても大きな心の支えでもありました。習いごとにはさまざまなメリットがあると思いますが、子供にとって家や学校の外で自分らしくいられる場所を作る、という点にも親御さんにはぜひ注目してもらいたいです」。

また、「投稿に登場したピアニストは極端に才能のある人で、ほとんどのピアノ学習者は彼女のような人生を歩むことはできません」と紹介したエピソードについても触れながら、「芸術やスポーツは、幼い頃からの積み上げがとても大事です。本人にやる気があれば、遊ぶ時間ともバランスを取った上で、幼い頃から習いごとを始めることは決して悪いことだとは思いません」。

幼少期の習いごとは、保護者主導で本人の意志を聞かないままにスタートすることがほとんどです。そのため、本人が「なぜ、やっているんだろう?」と腑に落ちていない場合や、教室の雰囲気や指導者と相性が合わず「嫌だ」「辛い」とストレスに感じていることも。

その反面、「家庭では獲得できない教養や知識を得る」「保護者以外の大人や同じ習いごとをしている同世代と接することで社会性を身につける」「同世代の頑張りに刺激を受けて、やる気が出て、それが成長を高める」など良い面もたくさん。また、幼い頃から習いごとを始め、プロになったというスポーツ選手や芸術家なども数多くいます。「子供のため」と思うかもしれませんが、これらのことも頭の片隅に置いて、我が子への習いごと検討や習いごとへの思いを深めて欲しいと思います。

◇ ◇

今回、お話を伺ったさとみさんは、桐朋女子高等学校音楽科卒業後、アムステルダム音楽院を首席で卒業。同音楽院の修士課程を修了し、オランダで活動しています。YouTubeで演奏動画を鑑賞することができますが、「いつか作品を作ったり、日本でも演奏会をして日本の皆様にも私の音楽を届けられたら」と話します。TwitterやInstagramでは、音楽やピアノ教育のことなどについて思考したことを発信しているので、そちらもぜひチェックしてください。

■さとみさんTwitter  @stm_pf
■さとみさんInstagram https://www.instagram.com/stm_pf/
■公式サイト https://www.satomichihara.com/links-jp
■千原賢美 - ピアニストYouTube https://www.youtube.com/channel/UCzAlrjx7ruRwjlyfAm1aVbg

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