動く階段「エスカレーター」は駅や商業施設などに設置されているが、みなさんは普段どうやって乗っているだろうか。立ち止まる人や歩く人、なかには急いで駆け上がる人など、乗る際の状況や人の性格によって乗り方はそれぞれだ。
1914年の誕生から2023年で110年目の年を迎えるエスカレーター。実は、時代の流れや時勢に対応したりと、目に見えにくい形で少しずつ進化しているという。そして近年では2020年より猛威を振るっているコロナ禍の影響もあり、さまざまな形でマイナーチェンジを繰り返している。
今回はエレベーター・エスカレーターの昇降機シェア業界No.1の三菱電機ビルソリューションズ株式会社(以下、三菱電機ビルソリューションズ)昇降機企画部 新設グループ 網谷明奈さんに、エスカレーターの進化の軌跡、そして「片方に偏って乗ってもいいの?」「歩いても大丈夫なの?」などの疑問などを聞いた。
基本構造は大正時代から同じだった
駅や商業施設で日常的に見かけるエスカレーターは、観覧車と同じく常に動き続けている数少ない"乗り物"の一種。そんなエスカレーターが誕生したのは1914年(大正3年)。東京・日本橋の三越呉服店(現三越百貨店)に設置されたのが最初だった。
「実は、1914年当初のエスカレーターと現在のものでは、仕組みや構造には大きな違いはほとんどないんです。当時から今まで技術的には変化が少ない、珍しい構造物のひとつと言えるのではないでしょうか」
この日本初のエスカレーターを皮切りに、徐々に日本中の施設で設置されるようになったという。しかし当時としては高価だったこともあり、デパートをはじめとした大きな建物にしか導入できなかったそうだ。
時代を重ねるごとに駅や商業施設など、日本全国に広がっていったエスカレーターだが、その出荷台数が最も多かったのは意外にも2000年代に入ったあたりだった。
「2005年くらいが最も台数が多くなりました。理由としてはこの時期に全国的なショッピングセンターブームがあり、全国各地に大規模なショッピングセンターができたことで、エスカレーターの導入も大きく増えました」
さまざまな要因で全国各地に設置されることになったエスカレーター。実は理論上の長さには制限はなく、また設置者の希望によっては短いものや曲がったものなど、さまざまな形で実現ができるという。
「安全面を考慮して踊り場を設置する必要がありますが、基本的に理論上は長さの制限はありません。日本で一番長いのは香川県のNEWレオマワールドの96mエスカレーター『マジックストロー』(三菱電機製)で、到着まで3分以上、42mの勾配差があります。逆に日本一短いものは川崎モアーズ(商業施設)にある段差83.4センチ(5段)の『プチカレーター』(他社製)です。また、真っ直ぐではないスパイラルエスカレーター(三菱電機製)は、実は日本に28台あります」
「実は昔は速かった」進化するエスカレーター
エスカレーターは長さや勾配など規定内でバリエーションを実現できる乗り物。誕生より110年ほど経った現在でも構造自体は変わっていないものの、目にはわかりにくい進化やマイナーチェンジを度々繰り返していると網谷さんは話す。
まず大きな変化が速度だ。乗降者数の多い駅を中心に「輸送能力を上げたい」という要望に応えて、スピードが今より早かったという。しかし、現在は急ぐ人が少ない商業施設を中心とした展開になっているのと、安全面への配慮という理由からスピードが遅めになっているそうだ。
「人々の利用状況や混雑状況などに合わせて分速30メートルの『早い』と、分速20~25メートルの『遅い』の2段階の切り替えができる製品もあります」
さらなる安全面を追求するために、緊急停止時に緩やかに減速する「スローストップ機能」を搭載し、乗降時や乗車時の転倒リスクを低減している。また、省エネ面では人がいない時に低速で運転する「速度切替運転」などの機能を搭載しているものもある。
「最近の一番の大きな進化が『手すりの除菌装置』です。2020年より続くコロナ禍で衛生面を気にする方が増えました。このような社会の変化を受けて、UVライトを用いた手すり除菌ができる機能を搭載しました。事故防止のためにも、手すりをしっかりと持って利用してください」
「エスカレーターの歩行は危険です」
大きな変更から小さなマイナーチェンジまで、さまざまな進化を遂げてきたエスカレーター。乗る時には止まったり歩いたり走ったり、人によって違った乗り方があるが、実際に安全面においてはどのようなものなのだろうか。また歩行者用に片側を開けたりすることも多いが、片側だけに力がかかるなどはないのだろうか。
「乗客が左右の片側だけに集まっても問題ありません。東京は左。大阪は右など地域によって立ち位置が違うことがありますが、力が均等に分散される構造になっているので問題はありません。また片方の部品だけ摩耗したり故障するなどもありません」
また、エスカレーターを歩くのも機械の構造的には問題ないそうだ。しかし、動いているエスカレーターを歩くのは事故の原因となることが多く、特に走って駆け上ったり降りたりするのは非常に危険。事故の防止のためにはやはり「本当は止まって乗るのが基本」なのだという。
「エスカレーターは小さな子どもから忙しいサラリーマンまでさまざまな人が乗っています。体やリュックがぶつかってバランスを崩してしまったりすると事故の原因になります。そのためにはしっかりと手すりを掴んで、止まってもらうのが一番です」
またロングスカートや靴紐、滑りにくいビーチサンダルなどは特に危険だという。これらがステップの隙間に巻き込まれたり挟まることで、安全機能が働いて急なストップがかかることも。巻き込んでつまずいてしまったり、また勢い余って将棋倒しになって大惨事になってしまう可能性もあるという。
網谷さんは事故を防ぐために「走らず歩かずに立ち止まり、黄色線の内側に立つのが安全」とアドバイスする。面倒な階段を上らなくても良いとても便利な乗り物だが、一歩間違えると大事故になる可能性も。巻き込みや転落などの事故に気をつけ、慌てず走らず、心にゆとりを持って利用するのが最善だ。