2022年、米中間・中台間では8月のペロシ米下院議長の訪台によって軍事的緊張に拍車が掛かり、それは2023年に持ち越しとなった。バイデン政権は台湾への支援を強化し、蔡英文政権は米国やその他欧米諸国と対中国で絆を深める一方、習政権は台湾への武力行使を辞さない構えを強調するなど、当事者間には全く融和策が見えない状況だ。今年もこの状態が続くことになるが、それによって日中の間でも不協和音が漂っている。
そのような中、2023年が始まるや否や、中国では我々が懸念すべき動向が明らかになった。中国全人代の常務委員会は昨年末、スパイ行為の定義を現行法より拡大し、摘発を主導する国家安全当局の権限や逮捕者への罰則などを強化する反スパイ法の改正案を発表した。反スパイ法の改正案は今年夏にも可決される見込みで、「国家機密の情報をそのまま具体的に第三者に提供する」ことに加え、「国家機密に関連し、国家の安全や利害に悪影響を与える文献や資料などを提供する、盗み取る」こともスパイ行為に該当するようになる。また、国家安全当局の権限を大幅に強化し、たとえばスパイ行為対象者への検査を強制し、場合によっては該当者の出国を禁止でき、他人のスパイ行為に対して国家安全当局による情報提供要請を拒否した場合、当該人物に罰金を科せるようになるという。
習政権が反スパイ法を改正する背景は主に2つ考えられる。まず、対外関係では冒頭でも述べたように、中国と米国や台湾との関係は極めて悪化しており、習政権としても軍事や安全保障にかかわる情報が米国などに漏れることを強く警戒している。台湾有事を巡り、米国や日本などは人民解放軍の動向をこれまで以上に注視するようになっており、習政権としてはその漏洩を徹底的に防止したい。また、昨年末以降の反ゼロコロナに代表されるように、中国国内では3期目の習政権への不満も根強くなっている。習氏が最も恐れているのは国民からの反発であり、今後は反政府分子に対する取り締まりを強化する必要性に迫られている。反スパイ法を強化することで、内外双方からの脅威に対処しようとしているのだ。
だが、これによって中国にいる日本人が不当に拘束される潜在的可能性が高まった。当然ながら、今回の反スパイ法改正は日本人を拘束することが第一の目的ではないが、中国当局はこれによってもっと自由に取り締まりを行えるようになったことは間違いない。帰国直前の大学教授が突然拘束されたり、実刑判決を受けた日本人による不服申し立てがいとも簡単に裁判所によって却下されたりと、これまでも明確な理由が分からずに逮捕される、刑を下される日本人が相次いでいたように、今後は定義拡大によって逮捕される日本人が増える恐れがあろう。
しかも、今日、台湾問題を巡って緊張が続いているが、その長期化は必然的に日中関係の停滞を招く。そうなれば、安全保障上の対立もあり、中国当局は日本へ軍事、安全保障上の情報が漏れないよう、中国国内にいる日本人への監視の目を強化することになる。日本にとって中国が最大の貿易相手国であるが、中国に社員を派遣する企業は今後の情勢を踏まえ、社員の帰国など人的なスマート化を図り、サプライチェーンにおいても調達先を第3国に移るなど、脱中国を見据えた代替策を検討する必要があるだろう。
日本国内には依然として、政治と経済を分けて考える風潮が強く、特に対中国ではそれが根強い。しかし、その時代は既に終わっている。日中関係が政治的に悪化すれば被害を受けるのは政治的ダメージだけではない。まずは経済領域への被害が先行するのだ。