「他の映画館でも特集されることが決まっている(←嘘)。なので、ここでもぜひ自分の映画を上映してほしい」
沖縄から北海道まで全国の地方ミニシアターを行脚しながら、各劇場の支配人と直接交渉を重ねる“世界の渡辺”ことインディーズ映画監督・渡辺紘文。基本は低姿勢…だけど言っていることはおおむね大言壮語で、謎の自信と若干の強引さが、見ていて空恐ろしいやら可笑しいやら。映画「あなたの微笑み」は、そんな渡辺監督と一緒に、コロナ禍の地方ミニシアターが今どうなっているのかを目の当たりにしていく異色の青春ロードムービーである。
沖縄・首里劇場や大分・ブルーバード、福岡・小倉昭和館など、登場するミニシアターはどれも実在しており、個性豊かな名物支配人たちも兵庫の豊岡劇場以外は本人役で出演。自分の作品を売り込もうとミニシアターを訪ね歩く渡辺監督も、実際に東京国際映画祭などで注目を集める、正真正銘「本物」の映画監督だ。
そして少しややこしいのだが、この「あなたの微笑み」を撮ったのは、大阪を拠点に世界中を旅しながら創作活動を続けるマレーシア出身のリム・カーワイ監督。渡辺監督とは以前から映画祭などを通じて親交があり、ハリウッド大作好き同士、気の合う友人だという。
「渡辺監督を想定した当て書きだと思われるかもしれませんが、現実の彼と映画のキャラクターは全然違います。本当なのは名前と経歴だけ。実際の渡辺監督はもっと真面目で、正直で、シャイな好青年です。あんな厚かましいことをする人じゃないですよ(笑)」
リム監督は、コロナ禍が始まる直前までバルカン半島でロードムービーを撮っていたという。しかし世界中で感染が拡大したため中断を余儀なくされた。そんなとき、文化庁による文化芸術活動を支援する補助制度「ARTS for the future!」の募集がスタート。「長編を作るには金額が足りないが、ロードムービーの手法なら低予算でやれるかもしれない」と思いつき、補助金を申請して「自主映画監督が全国のミニシアターを回って自分の映画を売り込む話」を撮ることにしたという。
撮影は2021年が中心だが、中には撮影後に閉館した映画館(首里劇場など)や、火災で焼失した映画館(小倉昭和館)も。映像にはそれぞれの地方で愛された個性的なミニシアターたちの、ありし日の様子がしっかりと焼きつけられている。
「映画を撮りながら痛感しましたが、コロナ禍に関係なく、地方のミニシアターの経営はずっと変わらず厳しいです。コロナ禍の初期には『ミニシアターを守ろう!』と声が上がり、クラウドファンディングも盛り上がりましたが、今にして思えば、あれの主役はあくまでも東京や大阪などの大都市のミニシアター。本当の地方の声って、実はあまり聞こえてこないんですよ」
リム監督自身、これまでミニシアター系の作品を発表してきたが、上映館は東京や大阪、名古屋などの大きな都市部が中心だった。本作の撮影で初めて訪れたミニシアターも多かったという。
「地方のミニシアターは、満席になるということがまずありません。観客が1人とか2人とか、ゼロの回だって珍しくない。支配人やスタッフは、決してお金のためでもお客さまのためでもなく、本当に映画が好きだという思いで続けているんです。2代、3代と続く家族経営の館もありますが、ビジネスとしては正直成り立っているように思えません。それでも覚悟を決めて、前向きに運営している人たちの姿を目の当たりにして、本当に胸を打たれました」
とはいえ、決して映画ファンやミニシアターファンだけをターゲットにしているわけではない、とリム監督は強く釘を刺す。
「作り手がタイトルを解説するのは野暮の極みですが、『あなたの微笑み』とはつまり、たとえお客が1人しかいなくても、あなたの微笑みが見たいから私はやるんだ、ということ。映画館や映画監督の話だけをしたいのではありません。文章を書く人、料理を作る人、工芸品を作る人…要するに全ての人に当てはまります。私は皆さんのためにこの映画を作りました。全人類に見てほしいです!」
実は射程の広い映画こと「あなたの微笑み」は、12月3日から大阪のシネ・ヌーヴォほか全国順次公開。
【「あなたの微笑み」公式サイト】https://anatanohohoemi.wixsite.com/official
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ところで、各ミニシアターの個性や、それぞれの物語に魅入られたというリム監督。本作を完成させた後、今度は全国のミニシアター22カ所を回るドキュメンタリーも撮ってしまったらしい。「どんな場所にどんな劇場があり、どんな支配人がいるのか、今のうちに記録しておく必要があると思ったんです」。編集はこれからだが、来年の公開を考えているという。「面白くて貴重な記録になっていると思うので期待していてください」