廃墟好き、集まれ!マヤカンに見る2つの顔「廃墟」と「文化財」は両立できるのか、シンポジウム開催 

脈 脈子 脈 脈子

 廃墟の景色と、文化財としての保存・活用は両立できるのか。

 今はまだ答えが出ていないこの問いについて、さまざまな立場の登壇者たちが議論する「廃墟景観シンポジウム」が、11月3日の文化の日に神戸KIITOホール(兵庫県神戸市)で開かれる。

 使われなくなった建物などが、時間の経過とともに朽ちた状態を指す「廃墟」と、人間の文化的営みの中で生み出され、保護対象とされる「文化財」。これらの両立がテーマとなった背景には、長らく廃墟状態にありながら、2021年に国の登録有形文化財に登録された「マヤカン」こと旧摩耶観光ホテルの存在がある。マヤカンが社会に問いかける廃墟の文化的価値とは何か。登壇者たちへの取材から見えてきたのは、難問に挑もうとする者たちの真摯な姿勢だった。

廃墟であり、文化財にもなったマヤカン 

 そもそも「廃墟」は1990年代まではテレビ番組を中心に心霊・オカルトの文脈で語られることが多かった。ところが2000年代に入ると、廃墟愛好家たちによる情報サイトが次々と立ち上がるなど、個人発信の源流が生まれた。さらに、廃墟を撮影した美麗な写真集が数多く出版されたこともあり、自然と一体になって朽ちていく姿の美しさが広く知られてゆく。

 ちょうどその頃。摩耶山の中腹では、マヤカンが静かに朽ちはじめていた。マヤカンは1929年に華々しく開業するも、第二次世界大戦の激化による営業停止、集中豪雨による土砂崩れ被害など、さまざまな困難が立ちはだかり、1967年から1970年頃にホテルを廃業。以降は学生向けの合宿センターとして運営されていたが、それも1993年に休業し閉鎖された。そして、1995年に起きた阪神淡路大震災で損傷を受け、以来、無断立入禁止となっている。

 震災での損傷により廃墟化に拍車がかかったマヤカンは、2000年に入る頃には廃墟愛好家たちの注目を集める存在となっていた。アールデコ調のデザインを採用し、モダニズムの流れを汲む建物が山の中でひっそりと朽ちている姿はあまりに美しく「廃墟の女王」と呼ばれるほどだった。

 一方、廃墟をめぐっては無断侵入や意図的な破壊行為などが問題視されていて、時に、地元住民などからネガティブに見られることもまた、事実である。マヤカンも例外でなく、さまざまな問題があっても取り壊しには莫大な費用がかかるため、所有者にとって負の遺産だと捉えられていた。

 その状況を変えたのは、廃墟愛好家たちをはじめ地元の有志だった。マヤカンの美しさに魅せられた者たちが上げた声は所有者と中央省庁を動かした。それが、2021年の有形文化財への登録である。民間の宿泊施設に過ぎなかった廃墟の文化財登録は史上初。建物の価値はもちろん、マヤカンならではの雰囲気、つまり景観を楽しむツアーを実施するなどして活用されていることが評価された。当時、文化庁文化財第二課で登録に関わった担当官の福田剛史さんは「文化財登録において新たな観点が示された」と語っている。

廃墟か、文化財か...ジレンマの先に

 廃墟であり、国の登録有形文化財という2つの顔を持つ建物の誕生。すると、そこにジレンマが生まれる。廃墟とは、自然のままに朽ちたものである。「保存すると決まった時点で厳密には廃墟ではない」と、2002年に「廃墟の歩き方」を出版した廃墟探索の草分けで、シンポジウムの登壇者でもある栗原亨さんは言う。

 しかし活用のあり方も評価された文化財である以上、自然に任せてただ朽ちさせるわけにはいかない。日一日と移りゆく廃墟としての景観の美しさか、文化財としての活用か。マヤカンは、廃墟・産業遺産を残してゆく可能性を検討するためのモデルケースの役割を与えられたのではないかと筆者は考えている。廃墟の美しさ、そこに残る記憶や想い出を損ねることなく、活用の道を見出すことはできるのか。社会学者の木村至聖さんが紹介した「廃墟は自然の力と人間の精神がせめぎ合う場所だ」という、ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルの言葉が頭の中でこだまする。

 シンポジウムは、テレビ番組「クレイジージャーニー」でも活躍するフォトグラファーの佐藤健寿さんによるスペシャルトークでスタート。続くトークセッションは、マヤカンとの関わり方でセグメントした3部構成となっている。第1部には、廃墟の美しい景観に魅せられた愛好家4名が登壇。第2部では、廃墟を建築・社会学の視点から捉える専門家によって、保存・活用が議論されるものと思われる。ラストを飾る第3部は、マヤカンを保有する企業の代表、映像作品の撮影コーディネーターなど、マヤカンと関わり続けている実務家が集結。登壇者たちの間でどのような議論が交わされるのか、そのゆくえを見守りたい。

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