台湾有事など、米中が軍事衝突するリスクは1フェーズ上がったといえる。ペロシ米下院議長が8月3日、台湾の蔡英文総統と会談し、自身の訪台は米国が台湾を見捨てないことを明確に示すものだとの認識を示した。米下院議長は米国の事実上ナンバー3にあたり、米国下院議長が台湾を訪問するのは1997年以来25年ぶりとなった。
中国は事前に同氏の訪台に反対の意を示し、「訪問すれば断固たる対抗措置を取る」と牽制し、台湾周辺での軍事的威嚇を活発化させるなどしていた。しかし、ペロシ米下院議長は台湾に足を運び、中国としてはそれまでの脅しが抑止力とならなかった形だ。
その後、中国税関当局は3日、台湾産の柑橘類や一部水産物の輸入を停止すると明らかにした。中国は昨年以降、パイナップルや高級魚ハタなども一方的に輸入を停止しているが、ペロシ氏の台湾訪問への対抗手段であることは間違いなく、今後も台湾産品目への圧力が強化される可能性が高い。
また、台湾ではロシアがウクライナに侵攻したことも影響し、今年になって台湾では有事を想定した市民による避難訓練、台湾軍による軍事演習などが本格化している。台湾市民の間でも有事への警戒心がこれまでになく高まっており、市民の軍事訓練義務の期間を4カ月から1年に延長する案が検討されたり、台湾政府が市民向けの民間防衛マニュアルを発表したりしている。緊張は高まるばかりだ。
では、今後中国はどう出てくるのか、世界が注目している。台湾問題について、中国が近年これほど圧力を掛けてくることはなかった。先月末、バイデン大統領と習国家主席が電話会談を行ったが、そこで習氏はペロシ米下院議長の台湾訪問に強くくぎを刺した。しかし、それが実現してしまった今、習政権にはより強硬な姿勢を示すしか選択肢はない状況だ。今日、中国経済は鈍化しており、3期目を目指す習氏としても国民の不信感を交わすためにも、強いリーダーを内外に示すしか政治的答えはないと思われる。
中国がいきなり大々的な攻撃に出てくることはないだろうが、これまで以上に踏み込んだ行動を取る必要性に迫られている。経済制裁やサイバー攻撃は今回も積極的に使用しており、それ以外、すなわち小規模ながらも軍事力で力を示す必要性に迫られているように感じる。要は、軍事衝突のリスクは1フェーズ上がったと言えよう。このまま米中対立が深まれば、軍事リスクは上昇する一方だ。
一方、これは日本にとっても深刻な事態だ。米国下院議長のペロシ氏が台湾を訪問した際、中国はエコノミックステイツクラフト(経済的手段による攻撃)により、台湾産の水産物や柑橘類などの輸入を一方的に停止した。これは日本にとっても対岸の火事ではなく、今後日中関係が冷え込めば、中国側から日本に対してエコノミックステイツクラフトが実行される恐れは排除できない。そして、軍事リスクについても、台湾には2万人の日本人がおり、有事になれば邦人避難が大きな問題となる。また、与那国島と台湾は100キロほどしか離れておらず、八重山諸島の安全保障をどう守るかという問題も先鋭化する。軍事衝突リスクが1フェーズ上昇した米中対立、これを日本は真剣に考えなければならない。