まるでSF世界、数十キロのパイプも軽々持ち上げる人型ロボット 開発者の博士が目指すのは「つらい肉体労働からの解放」

柿木 拓洋 柿木 拓洋

 ギョロリとした二つの目、関節を曲げて物を正確につかみ取る両腕、鮮やかなオレンジのラインが映える黒のボディー。高所作業車のクレーンの先に取り付けられていたのは、紛れもないロボットだった。その名も「汎用(はんよう)人型重機」という。

 SF世界のようなマシンを生み出したのは、ロボット開発ベンチャー企業の「人機一体」。本社は滋賀県草津市にある。なぜ人の形にしたのか。漫画やアニメに描かれた未来社会が実現するのか-。注目企業のトップが語ったのは、意外なロボット哲学だった。

 人型重機は、人機一体の中核技術をベースにJR西日本と信号機メーカー、日本信号の3社が、鉄道の架線メンテナンス向けで開発した。2024年に営業中の線路で活用する計画で、現在は実用化に向けた終盤の段階にある。JR西日本が日々実施する架線の点検や修繕の労力を減らしたり、作業中の事故を減らしたりするのが目的だ。重さ数十キロのパイプも軽々持ち上げ、両手を器用に使って高所での設置や取り外しを正確に行う。

 操作システムは見ていて壮観だ。操縦者が装着するゴーグルにはロボットの頭にあるカメラの映像が映し出され、左右2本のレバーで左と右の腕を動かす。自らの目と手がロボットとシンクロする形で、非常に直感的な操作が可能となる。

 「人型ロボットにこだわるのは、二つの理由があります。一つは多くの人がわくわくする姿。もう一つは、人間の身体能力を究極的に拡張することを目指したからです」。人機一体の創業者で社長の金岡博士(51)は、そう力を込めた。「2本の手や足がある人型ロボットは人間が最も扱いやすい構成です。つまり、誰でも操作しやすいロボットは、人の相似形であるべきなんです」

 人機一体の最大の強みは、緻密な力のコントロール技術にある。通常はロボットの体が大きくなればなるほど、繊細な力加減や何かに接触した力にすぐ反応することが難しくなるという。この独自の力制御によって、人が行う作業を大型ロボットで代替することを可能にした。金岡博士は「一つ一つの力を感じて電動で制御する技術は、巨大サイズでは本当に難しい。少なくとも同じような人型ロボットの実用例を聞いたことがありません」と自信をのぞかせる。

 ちなみに金岡博士、「ひろし」でなく「はかせ」と読む。名刺やプロフィルは全てこの呼称で、本名は対外的に使用していない。多くの漫画作品に登場するロボット開発者がそうであるように、「博士」という呼び方が最もしっくりくるそうだ。縮れたロングヘアーを後ろで束ね、無精ひげを生やした独特の風貌も相まって、どこか謎めいたキャラクターを印象づけている。

 立命館大でロボット工学を研究していた金岡博士が会社を設立したのは2007年。だが、現在の針路を決定付けたのは、11年に起きた東日本大震災だった。津波被害や原発事故の復旧に期待されたロボット活用は限定的で、危険な場所でも人が投入された。「ロボットの技術が追い付いていないと思う人が多いかもしれませんが、技術はあった。問題は社会実装ができていなかったことで、本当に実現すべきは重機のように汎用性を持つ機械を普段から使うことだと考えました」

 15年に社名を人機一体に変更すると、広く利用できる「汎用」のロボット開発に力を注いだ。災害用途などに特化した専用ロボットを作ったところで、有事に使うのは難しいと考えたからだ。土木、建設、保守などの各現場で平時から稼働するロボットこそが、緊急時に威力を発揮する。そう確信し、人型重機の産業そのものを作り出す目標を掲げた。

 金岡博士は、人型ロボットが担う重大な役割があるという。「あらゆる苦役から人間を解放すること」だ。重労働を肩代わりしてくれれば、人々の仕事や生活の質は向上し、ロボットはいずれ人間に欠かせないパートナーになるのでは…。こんな未来の展望を尋ねてみると、「ロボットは道具に過ぎない。友だちのような考え方はわれわれの哲学と相いれません」という言葉が返ってきた。これほどロボットらしいロボットを開発した人物なのに、このつれない答えが意味するものは何なのか。

 金岡博士いわく、コミュニケーションロボットやペットロボットと称される製品も世の中にはあり、魅力を感じることもあるが、それはロボットの非常に限られた一面を切り出したものに過ぎないという。「単なるプログラムの集合体と分かっていても、人は機械に意思や生命が宿っているように錯覚します。ほどほどにしなければ、ロボットに苦役をさせることは『残酷だ』という声も恐らく出てくる。でも本当に大事にすべきは人間です。われわれはそれを見失ってはいけません」

 過度な感情移入は禁物と指摘する金岡博士は、ロボットの必要以上の擬人化は避けているとし、「愛きょうのあるデザインにはしない。むしろ恐怖や畏怖を感じる見た目にしている」と明かす。子どもたちやメカ好きの人々の心をわしづかみにしそうな人型重機の生みの親は、ロボットの社会実装という使命感に燃えつつ、ファンタジーの世界には流されない冷静な視点を持っていた。

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