ガードレールの向こうを進む大きなヒグマ。草を食べるのに集中していますが、近い…近すぎ! さすが北海道と言いたいところですが、大丈夫?? 実はここ、北海道旭川市の「旭山動物園」に新たに造られた「えぞひぐま館」。大自然をそのまま再現したような木々や岩、川魚が泳ぐ豊かな渓流もある“大豪邸”です。生き生きした動物が見られる「行動展示」で人気を集める動物園が、新施設に込めた思い、ヒグマと共生するため人がすべきこととは…坂東元(げん)園長に聞きました。
えぞひぐま館は今年の夏期開園が始まったGWにオープン。メスの「とんこ」が暮らしています。1999年、親子で町に現れたがゆえに母グマは駆除され、保護。以来、動物園で飼育されてきました。
--新居に慣れるのは大変だった?
「以前は檻に囲われ地面はコンクリート。草木は見えていても檻の外側で、そこは人間のいる場所でした。引っ越しして最初はちょっと戸惑っていましたね。寝室からの出口は上の方にあるので、草木のある下の方に「行っていいの?」という感じで。でも案外早くなじんでくれて。檻の目の大きさは以前と全く同じにし、とんこにとって、触り心地や見た目が変わらないようにしました」
--最近の様子は?
「とんこは、子グマの時に動物園に来た『土を知らないクマ』でした。『ヒグマとして目覚めてほしい』という思いがありました。放飼場の広さは3~4倍、奥行きのある立体的な構造が特徴です。見ての通り、のんびり草を食べたり、池に入ったり、本当に多様な動きを見せてくれて。サクランボがなる木や、秋にはドングリもなります。季節ごとにどんな姿を見せてくれるのか。見る人も、とんこを通して野生のヒグマの暮らしを感じられるのでは」
--来園者の反応は?
「手前に来れば近いですし、怖い!という声も。知床では本当にこの近さで当たり前のようにいます。人間が近づきすぎているからです。観光で訪れる人にも、地元の人にも、クマのいる臨場感、距離感を実感してほしい。クマの痕跡として土饅頭やフンも展示しています。人間によって害獣としてのレッテルを貼られていますが、本来は素晴らしい生き物です。共存するには自分はどうすべきかを考えるきっかけになればと。ここにガードレールがあるのも“自然の再現”なんですが、なかなか気づかれないですね」
--とんこの行動は期待通り?
「動物に、『こうさせたい、こう見せたい』ではありません。動物を観察し、きっとこうだろうと考える。筋肉の構造、関節の動きなどから彼らが気持ちよく動くにはどうしたらいいのかを考える。動物本来の行動、習性、感性を引き出してやるのが『行動展示』です。ヒグマは北海道では身近に存在します。共存するために人はどう行動すべきなのか。生態を知るのに加え、ヒグマに関しては動物園が伝えるべきことも変わってきています」
「ヒグマは1万頭は生息し、毎年800から900頭が駆除されています。クマのほうが人間を観察し、ちょっと引いてくれていた。『クマのマナー』に頼って人はこれまで暮らしてきましたが、狩猟で入らなくなったなどの要因で、クマにとって人は怖いものではなくなってきた。クマは人を襲いたくて出てくるわけじゃない。人の生活圏に入って来やすいルートができてしまっているんです」
--えぞひぐま館で学べることは多い
「動物が好きで関心を持って旭山に来る人もいれば、観光コースとして立ち寄る人もいます。動物園の間口は広く、いろんな見方があっていい。動物を見て、何か一つでも気づき、考えるきっかけになれば十分。詳しく知りたければ館内の看板をじっくり読めば、ヒグマとの関わり方、自然の中で自分はどう行動するべきか分かります。ヒグマにエサはやらない、干渉しすぎないようにする、ゴミは絶対に捨てたらダメだね、と気づく」
「子どもたちが動物園で動物を見ることもとても大切で、小さい時に見たものは印象に残り、成長していろいろ情報を理解できるようになったときに、臨場感を持って接することができます」
母グマを人の手で奪われたとんこ、動物園で命をつなぎ、ヒグマの姿を見せる役割を担うとんこ。草をひとしきり食べると、丸太の階段を上がり、上から辺りを見回しました。「あそこにいるあの姿が一番いい。シルエットがいいです。かっこいいですよね。あのとんこがね」と坂東園長。
「盛り上がった肩、ごっつい頭、まさに、森の王者の風格ですよ。もっともっと草が生い茂り、身体を隠すくらいになったらいいですよね。草の間からヒグマが突然現れる。まさに野生の姿。最高ですね」