1000円プラスで…扉で仕切れる!「完全個室付きバス」その実力は 地方の高速バス、コロナ禍で攻めの戦略

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コロナ禍により、バス事業者は乗合・貸切を問わず、大幅な利用者の減少に直面している。特に貸切バス事業に関しては、壊滅的な打撃を受けたバス事業者も多くある。また従来は、利益率の高い高速バス事業の利益で、不採算である生活路線の損失を内部補助することで、路線網を維持していたが、コロナはバス事業の経営を根本から揺るがす出来事となった。

高速バス事業に関しても、大幅な利用者の減少に直面しており、赤字に陥っている。従来のように、高速バス事業の利益で、不採算路線を維持することが困難になりつつある。

そんな中、兵庫県養父市に本社を持つ全但バスは、昼間の城崎温泉~大阪間と湯村温泉~大阪間の路線に、それぞれ1往復ずつであるが、個室付きの高速バスを運行している。個室を導入することで、利用者の減少に対しては、客単価を上げることでカバーすると同時に、「三密」を回避させてサービス向上に繋がる。全但バスの戦略は、今後のバス事業者の経営のあり方に対し、大きなヒントを与えている。

昼行の個室付きバスが登場

以前から、夜行高速バスでは、個室風になる座席を備えたバスは存在していたが、2021年12月21日からは、全但バスと言う兵庫県養父市に本社を持つバス事業者が、高速バス「LuxRea(ラグリア)」の一部車両に、城崎温泉~大阪間と湯村温泉~大阪間に、それぞれ1往復ずつではあるが、完全な個室“グリーンルーム”を導入した。

全但バスが、個室車両を導入した背景として、コロナ禍による高速バスの利用者の減少が挙げられる。高速バスの車両は、絶えず車内換気を実施しており、5分もあれば車内の空気は外気と入れ替わるが、利用者は「三密になる」と感じて、高速バスを敬遠する傾向にある。

全但バスとしても、利用者が減少して経営面で苦しくなったが、単純に値上げをすれば、更なる利用者の減少を招いてしまう。少しでも利用者の減少による減収を緩和するためには、客単価の高いサービスを導入することで、より付加価値の高いサービスを好む利用者に訴求する必要があった。

普通の座席は、通路を挟んで2-2の横4列の座席配置であるため、2-1の横3列の座席を導入する形で、差別化を図る方法もあったが、これでは座席が少し良くなるだけであり、鉄道のように、仕切り扉でグリーン車と普通車を仕切ることは、バスの車内では難しい。

利用者は、「三密」による不安の解消を望んでいた。それならば個室を導入することで、「三密」を回避出来るだけでなく、他のバス事業者やJRなどとも差別化が図れる。

“グリーンルーム”の設備

“グリーンルーム”は、「ラグリア」という車両後方の左側に縦列で2室設けられている。室内には、本革張りの座席が1つ設けられているが、この座席のリクライニングの傾斜は深く、かつレッグレストとフットレストが備わり、快適なバスの旅が楽しめる。

それ以外に、全但バスのレギュラーシートにも、背面テーブルやコンセントが備わるが、“グリーンルーム”には、コンセントは勿論であるが、USBポートも備わる。テーブルも、折り畳み式の大型のテーブルを備えることから、車内でノートパソコンを広げて、仕事をすることも可能である。

“グリーンルーム”が車両の後方に備わることから、備え付けの液晶テレビで、前方および後方の走行風景が映し出される。さらに運転手さんから配られるARグラスとスマホを活用すれば、城崎温泉周辺の観光案内などを観ることが可能となるなど、乗客を退屈させない工夫がなされている。

この個室が、他の夜行高速バスを運行する事業者の個室と根本的に異なる点は、扉が備わっている点である。夜行高速バスを運行する他の事業者の個室は、通路とはカーテン1枚で仕切られているだけであり、個室というよりも「個室風の座席」という方が妥当な設備であったが、全但バスの“グリーンルーム”は、完全に個室となっている。恐らく日本で高速バスを運行する事業者の中でも、完全な個室を備えた事業者である。

全但バスの経営戦略

全但バスが、“グリーンルーム”という個室を導入した理由は、コロナ禍で高速バスの需要が落ち込んでいることが、背景にある。緊急事態宣言などが発令されるなど、旅行需要全体が落ち込んでおり、単純に価格を下げても需要が戻る状況にはない状態にある。

価格を下げて需要喚起出来ないとなれば、需要が減った分、個室などの高付加価値サービスを実施して、客単価を少しでも上げる経営戦略を採用しないと、バス事業者は減収減益になり、経営が維持出来なくなる。

全但バスは、兵庫県八鹿市に本社を持つ事業者であるから、城崎や湯村温泉から大阪・神戸を中心に、高速バス事業だけでなく、地域輸送や貸切バス事業、但馬空港へのリムジンバス輸送を展開している。

稼ぎ頭は、高速バス事業であり、かつては京都や姫路以外に、東京へも夜行高速バスを運転していた時期もあった。これらの路線は、コロナ禍で需要が減少したこともあり、現在は運休中である。

貸切バス事業に関しては、コロナ禍であることから、団体需要が激減したこともあり、バス車両の多くが車庫で休んでいるという。

そうなると高速バス事業か、但馬空港へ向かう路線バスに活路を見出すしかない。但馬空港への輸送は、城崎温泉駅から豊岡駅を経由して運行される。途中の乗降などがあるため、普通の乗合バス車両が用いられている。

高速バス事業を活性化させるとなれば、他の事業者では実施していないサービスを展開して、少しでも客単価を上げる方法を模索する必要がある。

「個室」の導入は、他の事業者と明確に差別化が図れるが、定員が減少するというデメリットもある。

バス事業者は、高速バス用の車両と貸切バス用の車両を、使い分けていたりする。長距離路線を持つバス事業者となれば、車内設備も1-1-1の独立横3列の座席配置とするだけでなく、トイレも備える必要がある。

これに対して、貸切バス用の車両は、2-2の横4列の座席配置の車両が、一般的である。それゆえ多客期などは、貸切用の車両を活用して、臨時便などに充当したりする。

個室を導入すれば、その車両を貸切用として使用しづらくなり、車両の運用効率が低下する。それらを考えると、バス事業者も個室の導入には、躊躇する面も否めなかった。

全但バスの“グリーンルーム”の使用料は、大阪~城崎温泉線であろうが、大阪~湯村温泉線であろうが、1000円均一の料金である。設備に対する料金であるから、子供の料金は設定されておらず、また各種障害者割引や敬老割引なども適用しない。

この“グリーンルーム”の料金であるが、「わかりやすさ」を重視して決めたという。全但バスに聞いたところ、国土交通省から価格に対する指導などは無かったという。

城崎温泉から大阪までの片道運賃が、大人3800円であるから、仮に“グリーンルーム”の料金を2000円に設定したのでは、誰も利用しないかもしれない。

さらに全但バスに対し、「今後は、増やす計画はありますか」と質問したところ、「未定です」という回答を得た。

やはり定員が減少することで、車両の柔軟な運行がしづらくなることも考慮すると同時に、利用状況なども加味して検討する姿勢が感じられた。

“グリーンルーム”を利用してみて

“グリーンルーム”は、完全に普通の座席と壁だけでなく、扉でも仕切られているため、「三密」は回避することは可能である。バスという狭い車内で、本格的な個室が設けられたことに対して、驚いていると同時に、「他の事業者にも普及するのか」という思いもある。

“グリーンルーム”を説明するため、特急「こうのとり」などのグリーン車と比較して説明したい。

座席の横幅は、車体断面が大きく、かつ2-1の横3列の座席配置になっている特急「こうのとり」のグリーン車の方がゆったりしているが、座席の傾斜角度は“グリーンルーム”の方が、深く座席が傾く。

これは特急「こうのとり」のグリーン車は、あまり座席の傾斜を深くすると、後ろの座席の人に覗かれる危険性があるから、その辺も配慮しなければならない。

一方の全但バスの“グリーンルーム”は、完全な個室であるため、そこまで配慮する必要はない。

防音性に関しては、特急「こうのとり」のグリーン車に軍配が上がる。まず特急電車のグリーン車は、モーターなどの動力源のない付随車であるから、車両自体が静かである上、床には厚手の絨毯が敷かれているため、防音性もさらに向上する。

対するバスは、後ろにエンジンを搭載している関係上、どうしても防音性では鉄道の中でも、「電車」と比較すれば見劣りすることは致し方ない。また全但バスの“グリーンリーム”は、余分に徴収する料金が1000円であり、床に絨毯まで敷いていたら、維持管理費が高くなってしまい、採算が合わない。それでも全但バスは、車両の最後部にトイレを設けて、少しでも騒音や振動の少ない部分を客室にする配慮を行っている。

一方の特急「こうのとり」などのグリーン料金は、大阪・京都~城崎温泉間で2800円であるから、床には厚手の絨毯が敷かれており、防音性も良好である。

特急「こうのとり」のグリーン車と比較して優れている点は、液晶テレビが完備された点である。特急列車のグリーン車には、コンセントは備わっているが、液晶テレビやオーディオ類は、備わっていない。

   ◇   ◇

コロナ禍で利用者が減少したことによる減収を少しでも抑えるため、全但バスでは“グリーンルーム”という個室を導入した。「三密」の回避と、より高付加価値のあるサービスを望む利用者に対するサービス向上に繋がっている。

コロナが終息したとしても、テレワークやテレビ会議の普及もあり、コロナ前の需要に戻らない可能性が高いことや、人口減少社会が進展することが考えられる。従来のように、一律に運賃を値上げするのではなく、上級クラスの座席やサービスを導入する形で、利用者の減少に対し、きめ細かくニーズを拾う形で客単価を上げる方向を目指すことになるだろう。

◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。

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