ウクライナ情勢をめぐってロシアの緊張が高まるなか、バイデン大統領は2日、東欧に米軍を派遣するとついに表明した。米国内からは2000人規模の部隊をドイツとポーランドに派遣し、欧州に展開している米軍をルーマニアに配置するとされる。米軍幹部は地上戦になっても米軍は参加しないとの方針を示しているが、今回の派遣によってウクライナ情勢はまた一段と緊張が高まったといえる。
ロシアのグルシコ外務次官は同日、米軍の東欧への増強方針について軍事的緊張を高め、政治的な決定の幅を狭めると米国を批判した。米国国務省は1日にも、ウクライナ北部と国境を接するベラルーシへの渡航について4段階中で最も厳しいレベルに引き上げ、米国民に対して同国への渡航を控えるよう呼び掛けた。ベラルーシにはウクライナへの侵攻をちらつかせるロシアが既に軍を展開し、10日からはロシアとベラルーシが合同軍事演習を実施するとされる。米国はロシアがベラルーシからウクライナに侵攻する可能性もあるとして警戒を続けているが、ウクライナ情勢は地域を超えグローバルな大国間対立へと変貌している。
一方、今年に入っての一連のウクライナ情勢は、地理的には遠い日本にとっても対岸の火事ではない。我々はこの問題を国際政治の現実主義的視点から考える必要がある。
米軍がロシア軍と物理的に戦火を交えるかは別として、バイデン大統領の東欧派遣は政治的には2つの賭けとなる。1つは国内的事情で、昨年夏のアフガニスタンからの米軍撤退がヒビとなって国内で支持率が下がる中、バイデン大統領としては対外的に強い米国を示すことで11月の中間選挙での勝利につなげたい狙いがある。トランプ元大統領が2024年の大統領選に出馬する意欲を示す中、仮に米国民や国際社会から中途半端、弱腰だなどと評価されることになれば、トランプ陣営が勢いづき、バイデン政権は窮地に追いやられる可能性がある。
そして、日本にとってより重要なのがもう1つの国際的事情である。昨今のウクライナ情勢、米国やロシアの動きを習政権はどうみるかだ。米国がロシアに対して劣勢な状況が今後顕著になれば、当然ながらそこから政治的余裕が生まれることになろう。ここでいう政治的余裕とは、習政権がバイデン政権の圧力は当時のオバマ政権のように弱腰だと確信し、それを台湾情勢や南シナ海、また世界的に展開する一帯一路などに援用することだ。周知のように、中国は大量の戦闘機を台湾の防空識別圏に進入させるなど威嚇的行動を続け、台湾の蔡英文政権は欧米よりの姿勢と鮮明にしており、中台間ではこれまでになく緊張が高まっている。
台湾侵攻にあたり、習政権が最も気にしていることは間違いなく米国がどう出てくるかだ。そのため、習政権は米国の関与する能力と意思を常に注視しており、今回の問題でも米国の出方に集中している。仮に、今後のウクライナ情勢でロシアの覇権的行動を米国が抑止できず、バイデン政権への批判が内外から高まれば、中国はより具体的に台湾侵攻を模索してくる恐れがある。インド太平洋において中国の軍事力は米軍のそれに年々接近してきており、ウクライナの件を巡って中国がより自信を深める恐れもある。
また、岸田政権は経済安全保障の強化を進めているが、習政権が北東アジアへの米国の関与を過小評価することになれば、中国が日本に経済的圧力を掛けてくる可能性もあり得よう。今後の日中関係は米中対立の行方に左右されることから、我々はウクライナ情勢を身近な危機として考える必要があるのだ。