一日にして消えた街、取材で見えた三つの背景 兵庫「かんなみ新地」の最期を追った(3)

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2021年11月1日、兵庫県尼崎市で「かんなみ新地」と呼ばれる売春街が突然、一斉閉店しました。戦後間もなく生まれた非合法の街が、およそ70年も社会に黙認されながら、一日にして姿を消したのはなぜか。神戸新聞阪神総局チームが総力取材した結果、三つの背景があったことが見えてきました。

なぜ今なのか

 関係者らによると今回、警告に踏み切ったタイミングには三つの背景がある。

 一つ目は「SNSやネットの広がり」。

 誰もが簡単に情報を発信できるようになり、近年ではユーチューバーらが訪れてカメラを向けた。組合は営業中の撮影を禁じていたが、働く女性たちの姿を外から撮った映像もウェブ上に流れていた。陰のなりわいが白日の下にさらされると、当局も見て見ぬふりはできなくなってきた。

 二つ目は「都市整備」。

 尼崎市は近年、子育て世代の定住促進を目指し、住環境の整備を本格化させている。JR尼崎駅前は民間の「本当に住みやすい街大賞2018in関西」に輝き、阪急電鉄塚口駅南でも軌道に乗せると、風俗街のある阪神電鉄出屋敷-尼崎間のわい雑さは際立っていった。

 そして三つ目が「暴力団排除」だ。

 2015年に起きた暴力団山口組の分裂抗争から機運が高まると、今年に入って尼崎市は全国初の組事務所買収に踏み切り、2カ所を解体に追い込んだ。風俗街との関わりは不透明でも、非合法な存在である限り、反社会的な組織と連鎖する危険性は避けられないとみた。

 捜査幹部が言った。

 「もう隠れて復活することも時代が許さない。市と警察、市民の思いが一致したのが11月1日だった」

尼崎市長「まさか一斉に閉じるとは」

 11月25日午後、尼崎市役所。

 稲村和美市長は定例記者会見の終盤、かんなみ新地の問題に質問が集中すると、熱っぽく語り始めた。

 「暴排運動を通じて警察と連携するパイプが太くなり、ギアが変わった」「こんなに一斉に閉めるとは思わなかった。ある意味、違法だということを自覚しているのだと思った」

 きっかけは、警察側から「抜き打ちの摘発ではなく、警告で進めたい」との申し出があったことだという。市も一斉に店が閉じるのを想定して周辺の街灯を明るくし、新たに防犯カメラの設置も検討し始めたことを明らかにした。

 市によると、一帯の約30店のうち、約10店が11月25日までに廃業届を出した。空き家街になることも懸念されるが、一部の店舗は売春行為をしない弁当店や居酒屋として営業を始めている。

 市は今後、消防法などに基づいて定期的に調査して動向を注視していくとした。

 そこにあると分かっているのに、人々の後ろめたい欲望や諦め、無関心の中で存続し、黙認されてきた色街が、たった1枚の紙によって尼崎から姿を消した。市や弁護士会には、働いていた女性たちからの生活相談も届いているという。

取材を終えて

 かんなみ新地の営業時間は夕暮れから0時ごろまででした。遊郭の名残がある飛田新地は、扉が開け放たれた「料亭」の1階に女性が座り男性を待ちますが、かんなみ新地はカウンターだけの飲食店形式で、女性たちは露出度の高いワンピースやミニスカートを着て座っていました。

 店の前を歩いて回り、好みの女性を見つけると2階へ上がり、自由恋愛の建前で性行為をするという流れ。飲食店名目のため、退店時には缶コーヒーやお茶、ジュースといった飲み物が手渡されました。

 かつて取材した時にママさんの一人は「昔はいろいろ抱えた子が多かったけど、今は普通の子が多いで」と話していました。

 聞けば、かんなみ新地は他の風俗街に比べても、女の子への取り分がよかったようです。また、かんなみ新地組合は原則、女性だけで切り盛りしていて、特有の働きやすさがあったのかもしれません。

 ただ、この街は法律という社会のルールに反しながら、それを知る尼崎市も警察も長らく黙認を続けてきました。見て見ぬふりをしてきたのは私たちも同じで、少なくともここ数十年間は真っ正面から記事にすることはできずにいました。

 どのような形であれ、記事が違法風俗街のPRになるようなことがあってはならないという慎重な意見もありました。せめて終焉に際してその存在を記録しようと始めた連載でしたが、やはり市の関係者からは「神戸新聞さんは復活してほしいんですか?」とも言われました。

 ただ、一斉閉店こそ予想外でしたが、私たちはそろそろ警察が何らかのアクションを起こすだろうと考えていました。

 その最も大きな理由は「暴排」です。

 2015年、神戸市灘区に拠点を置く全国最大の暴力団「山口組」が分裂し、対立抗争が激化していく中で、兵庫県警は社会不安を受けて暴力団への取り締まりを一気に強めます。

 とりわけ尼崎は暴力団が多く、市内に複数の勢力があって対立関係が強い地域です。組員たちの銃撃事件が相次ぐ中、2021年に入り、尼崎市はついに全国初の組事務所買い取りを実現し、その後も複数の組事務所を撤去させます。

 市と警察の協力関係が、これほどに強くなったのは初めてではないでしょうか。

 その中にあって、兵庫県警は春から県内の違法風俗店を立て続けに摘発していました。実際に風俗店が暴力団の資金源になっているかどうかは分かりません。かんなみ新地も表向きには「無関係」を掲げていました。

 しかし、非合法の営業である以上、そこに反社会的勢力がつけこむ可能性は十分にあるというのが警察の見方です。何かトラブルがあって警察に頼れないのなら、一体どこに頼るのか…と。

 かんなみ新地の解体は、暴力団抗争に端を発して社会がグレーな存在を許さなくなったことの表れともみることができます。

 ある市関係者から聞いた言葉が印象的だったので、最後に紹介します。

 「尼崎にあった他の青線地帯が姿を消すなか、なぜかんなみ新地だけが今日まで残ったのか。むしろ、今までつぶれなかったことが奇跡的で、一番の不思議なんですよ」

兵庫「かんなみ新地」の最期を追った
#1 「直ちに中止せよ」戦後70年続いた街が、紙切れ一枚で消えたhttps://maidonanews.jp/article/14532423
#2 いたちごっこを続けながら、なぜ70年間も営業を続けられたのか
https://maidonanews.jp/article/14532548
#3 一日にして消えた街、取材で見えた三つの背景
https://maidonanews.jp/article/14532578

◆神戸新聞阪神総局
デスク2人と20~50代の記者8人で、兵庫県南東部の「阪神間」(尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、川西市、猪名川町)を取材しています。日々のニュースや何気ない写真、動画などをツイッターやインスタグラムでも投稿しています。
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