妖艶なピンク色の照明が漏れる店内に、一人また一人と引き込まれていく。性的なサービスを期待する男性客に「知らんの?」と、ママが事情を説明。男性は納得して、大阪府内の別の“新地”へと消えていった。
兵庫県尼崎市の花街・かんなみ新地。昭和の青線(飲食店の名目で非合法な売春行為を行っていた地域)がルーツで、数十メートル四方に約40店が連なっていた。夜になると、女性が店先に座り、おばちゃんが通行人を手招きする。名目上は飲食店で、あくまで自由恋愛として「店で仲良くなった女性と」いいムードになり、布団が敷かれた2階で…という流れの、いわゆる「ちょんの間」だ。
有名な大阪市の飛田新地より知名度こそ劣るが、20分1万円という価格や飛田に勝るサービスもあり、ネットやSNSで拡散。近年は活況だったという。男性が期待を膨らませて足を運んでいたかんなみ新地に10月下旬、急所を蹴られるような衝撃が走った。
尼崎市と尼崎南署は11月1日付で、同地の「かんなみ新地組合」加盟店に対し、飲食店の形態を取りながら性的サービスを提供している疑いがあるとして、風営法に基づき営業中止を求める警告を出した。
関係者によると、組合長と飲食店主数人が市職員と同署員、市の保健所職員が同席する場に呼ばれ、警告書を読み上げられた。市職員が「そういうことなので」と伝え、反論する機会は与えられなかったという。
自由恋愛の場だった飲食店は、一斉にシャッターを下ろした。パトカーが一帯が常駐し、警察官が違法な営業をしていないか24時間態勢で監視。記者が訪れた11月16日、廃業を決めた店から出た粗大ゴミであたりは埋め尽くされていた。
夜な夜な妖艶な色を放っていた一帯はゴーストタウンになった…かに見えたが、自由恋愛の場を提供していた飲食店が〝まっとうな〟飲食店として復活し始めたのだ。
SNSなどで、同地に弁当屋やバーが開店したことが伝えられると、かんなみ新地を知る人から「サービスはあるの」「駅弁は売っているのか」「弁当屋…デリバリーやお持ち帰りはできるのか」「親子丼とか売ってるの?」などの声がつぶやかれていた。
記者がバーに潜入してみると、中は以前の「ちょんの間」のまま。女性経営者は「まっとうな飲食店の営業をしてますけど、何か問題ありますか!?ということ」と話す。警告前の10月に店内を改装したばかりと自虐的に笑うが、11月に“業態変更”。バーとして再出発したという。
おそるおそる性的なサービスの有無を聞くと、女性経営者は「ありません」と答えた。経緯を知らず、店に入ってくる男性は絶えないという。記者が話を聞いている間、店をのぞき込む警察官と何度か目が合った。多くは廃業を決めたが、飲食店としての再出発を決めた店もあり、沖縄そばの店ができるという。
「コロナでも営業を続けたから警告が出たって報道があったけど、閉めてたよ。給付金ももらっていない。コロナも収まって、さあ立ち上がろう…って言う時に、警告が出された。どうせやったらコロナが一番ひどい時に警告出してくれたら…」と嘆く。
旧遊郭の流れをくむ飛田新地が黙認される一方、なぜかんなみ新地は警告されたのか?女性経営者は「数年周期で警察の監視が厳しくなることはあった。以前は阪神大震災の後…やったかな」と振り返る。ネットでかんなみ新地が有名になり、一部の店の客引きも過激化。女性経営者は、市や警察の“お目こぼし”がなくなることを憂慮していたという。組合としての行政などへの対策も、不十分だったとした。
明るい材料は、東京の飲み屋街・新宿ゴールデン街のようなレトロな街並みがそのまま残っていることだ。「レトロな飲み屋とかできて、新しいお客さんがたくさん来てくれたら」。レトロブームの今。女性経営者は色街のエロい…いや、エモい雰囲気を目当てにした客が新生・かんなみ新地に来ることを願っていた。