体長3メートル超? 巨大で強い肉食性、謎の本州ヒグマを追え 古代DNA分析から起源と渡来時期を解明

竹内 章 竹内 章

日本最大の陸生哺乳類であるヒグマは、地質時代には本州に生息していました。驚くことにその頃の本州ヒグマは現代の北海道のそれに比べ一回り以上に大きく、最新技術で化石のDNAや同位体元素を分析すると、起源と渡来の歴史とともに肉食性の強い種だったことが明らかになりました。獣害史上最悪として知られる死者8人を出した三毛別事件(1915年)や大学ワンゲル部の3人が亡くなった惨事(1970)など、予期せぬ接触が人間の脅威となってきたヒグマ。もし彼らが本州に定着していたら…。 

山梨大学医学部総合分析実験センターの瀬川高弘講師、東京工業大学生命理工学院の西原秀典助教、国立科学博物館地学研究部の甲能直樹グループ長らの研究グループが、本州で発掘されたヒグマ化石の放射性炭素による年代測定とミトコンドリアDNAの分析などから、非常に強い肉食性▽現生ヒグマとは独立した集団▽少なくとも34万年以上前と14万年前の二度にわたってユーラシア大陸から本州へ渡来した―ことを突き止めました。研究の詳細は、科学雑誌『Royal Society Open Science(英国王立協会オープンサイエンス誌)』に8月4日付で掲載されました。 

現在の本州に生息する陸生大型動物は、二ホンジカ、二ホンカモシカ、ツキノワグマの3種類だけですが、後期更新世以前(1万2000年以前)の本州には、バイソン、オオツノジカ、ヘラジカ、トラ、ナウマンゾウといった多様な大型哺乳類がいたことが化石から分かっています。現在は北海道のみ生息するヒグマもその一つ。34万年前から2万年前にかけて本州に広く分布しましたが、属する系統や渡来経路などは謎です。

 

絶滅哺乳類の古生態を専門とする甲能直樹グループ長によると、今回研究対象とした本州ヒグマの化石は埼玉県秩父市産の雄の上顎犬歯、群馬県上野村産の雌の骨格で、それぞれの計測値と北海道のヒグマの平均を比較すると、ともに北海道の約1.23倍でした。また、図に用いた道南産雌個体と比べると1.29倍でした。 

北海道ヒグマでこれまでに知られる雄の最大体長は、大正時代に三毛別で駆除されたヒグマが体長2.7メートル(体重340キロ) と記録されています。それに照らして単純計算をすると、秩父の雄個体は3メートル以上の巨大ヒグマだったことになります。また、一般的にヒグマの雄は雌の1.3倍で、上野村の雌個体も、雌でありながら現在の北海道ヒグマの最大個体の体長に近い2.6メートルという可能性があるそうです。 

ヒトとの関係はー。本州最古のヒトの痕跡は3万5000年前ごろとされています。ヒグマの化石は本州で多数見つかり、古いものでは34万年前で、少なくとも1万8000年前ごろまでは化石の証拠があり、ヒトが本州に到達した時にはヒグマがのし歩いていたことになります。どれほどの脅威だったのか、ヒトにとってもヒグマにとっても食料となり得る大型植物食哺乳類をめぐってどのような競争があったのか、想像が膨らみますが、そうしたことを示す証拠はまだありません。

 本州ではなぜ定着できなかったのでしょうか。「動物の絶滅の原因は複雑で、ひとつの原因(主な原因)で絶滅を説明できることは希です」と甲能グループ長。本州のヒグマの場合も、後期更新世の最終氷期以降の温暖化によって本州の植生が変化し、獲物となる大型植物食哺乳類(オオツノジカやバイソン、オーロックス)などが絶滅した「しわ寄せ」で絶滅に至った可能性と共に、温暖化そのものが絶滅の要因だった可能性もあるそうです。また、ヒトの渡来も要因となった可能性も考えられるものの、これも論争の対象であり終結していません。

 今回分析した本州のヒグマは、北海道ヒグマの道南グループという系統から16万年前に分岐していることも分かりました。そして道南集団に遺伝的に近い系統は東アジアからは知られていないので、この集団の一部が津軽海峡を渡った可能性が示唆されました。約14万年前の海水準低下期には、ナウマンゾウとオオツノジカが本州から北海道へと北上していたことが分かっており、この時期は大型哺乳類が北海道と本州を行き来していたことが推測されます。

 瀬川講師は「太古の動物や太古の世界を分析から思い描くことができます。今回の研究は困難が多く、さまざまな分析技術があってこその成功でした。今後も古代DNA解析から、これまで知られていなかった動物や過去の地球の歴史を明らかにするのが楽しみです」と語りました。

 山梨大学のリリースはこちら→https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/08/20210804pr-2.pdf

掲載された論文はこちら→ https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.210518

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