治療法なし、救命率ほぼゼロ!?人体蝕む謎の寄生虫「芽殖孤虫」に挑む研究者「恐ろしくも驚きに満ちたモンスター」

竹内 章 竹内 章

いつの間にか人体に侵入した“それ”は、分岐増殖を繰り返してヒトの体を喰いつくし、皮膚から湧き出して宿主を死に至らしめる。ホラー映画ばりの恐ろしい寄生虫が自然界に存在することをご存じでしょうか。宮崎大学の菊地泰生准教授(ゲノム生物学)を中心とするグループが全ゲノムを解読した「芽殖孤虫」(がしょくこちゅう)という寄生虫です。治療法なし、救命率ほぼゼロ、全世界の報告数は疑い例も含めわずか18(うち日本国内は6)という恐怖と謎に包まれた芽殖孤虫とは―。 

この寄生虫による感染症が最初に見いだされたのは1904(明治37)年、東京大学病院皮膚科を受診した 33 歳の女性でした。顔や頭などを除く全身の皮膚で長さ 3~12ミリほどの糸くず状の寄生虫が分岐増殖しているという見たこともない症状を示していました。

以降、この奇病の報告数は全世界でわずか18。幼虫は卵を産まず、皮膚をはじめとする臓器で無分別に分裂して増殖します。感染経路は不明、知られているのは幼虫のみ、これまでにどんな動物からも成虫は見つかっていません。日本では1987年以降、患者は確認されていませんが、今も効果的な治療薬はなく、外科的に取り除く以外、対処方法はありません。なお、芽殖孤虫をモチーフにしたサスペンス漫画「蝕人孤蟲」(芳明慧、講談社)があります。 

症例数が少なすぎるため、研究はほとんど進んでいませんでしたが、1981年のベネズエラの症例から分離された芽殖孤虫は、40年間生きたマウスに感染させ続けることで国内で保存されてきました。菊地准教授によると、芽殖孤虫は基本、細長い形状で、活発に分岐を繰り返しているものは、「メデューサの頭」のような形態に見えるそうです。大きさも不定ですが、小さいもので数ミリ、大きいもので10センチくらいのものが継代しているマウスからとれるそうです。 

宮崎大学、国立科学博物館、東京慈恵会医学大学らの研究者たちは、最新設備でゲノムを分析し正体を探りました。芽殖孤虫のゲノムをマンソン裂頭条虫やこれまでに発表されている他の条虫のそれと比較したところ、(1)マンソン裂頭条虫とは別種の裂頭条虫目条虫である(2)成虫段階が存在しない可能性が濃厚(3)二つのタイプがあり増殖が速い「メデューサ型」は未知のタンパク質を分泌している―ことが明らかになりました。 

今後、ゲノム情報に基づいた研究により、新規薬剤の開発も視野に入ってきます。芽殖孤虫という不思議な生物がどのような進化を経て生じたのかという謎も解明されるかもしれません。菊地准教授に聞きました。

―国内最初の症例は、当時どれほどの驚きをもって医学界で共有されたのでしょうか

「最初の症例の1904年の虫の標本を調べた東京帝国大学の飯島魁(いさお)博士が翌年に東大理学部紀要に英文で発表し、芽殖孤虫と命名しています。世界第2例目は1907年のアメリカ・フロリダで、この症例報告(1908年)に既に飯島博士の論文が引用されていました。いくら英文で書かれているとはいえ、日本で出版されたローカルな論文が2年ほどで北米の研究者に届いていたわけです。情報のほとんどが紙で伝わっていた時代にこの速度ですから、相当なインパクトがあったのでしょう」 

―人間以外の感染例はあるのですか

 「ヒト以外ですと、イヌからの芽殖孤虫のような虫体の分離報告がありますが、確定かどうかは定かでありません。また、過去の報告では、実験的に感染させるとイヌ、マウス、ウサギなどで感染が確認され、幼虫として体内で維持されるようです」 

―恐ろしくも謎多き芽殖孤虫を探るということは

「ドラマの「X-ファイル」や東野圭吾さんの「ガリレオシリーズ」のようなミステリーを解明していく心境です。寄生虫には、寄生をしない生物にはない特徴的な進化がみられます。例えば、深海にすむ生物たちが我々の想像を上回るような姿をしていたり、特殊な能力を持っていたりするように、寄生虫は特殊な環境に適応するために私たちとは違う特殊な進化をしていています。身近なモンスターといえるでしょう」 

―モンスター相手の研究から何が見えるのでしょうか

「この進化や能力の仕組みを解明することで、私たちは新しい知識、アイデア、技術を手に入れられると思っています。寄生虫は宿主がいないと生きることができない、という事実も興味深く、洗練された寄生虫は宿主をうまく活かして自身も繁栄するという戦略をとっています。寄生は実は高等な生活スタイルなのです」 

―他の寄生虫も戦略的ですか

「カマキリに寄生するハリガネムシはすごい。宿主であるカマキリよりも大きいと思われる寄生虫がおなかから出てきます。お尻から長い虫が出てくる様子は圧巻です。カマキリの行動を操ることも知られており、ハリガネムシに寄生されたカマキリは、ある時期に水辺に近づき最終的には水の中に落ちてしまいますが、それはハリガネムシが水中で繁殖するためです。このように宿主を操る寄生虫は珍しくなく、カタツムリの行動をコントロールして、あえて野鳥に食べられるようにし仕向けるロイコクロリディウムが有名です」 

―漫画「蝕人孤蟲」という漫画をご存じでしょうか

「専門的な部分もしっかりとかけていて、よく寄生虫を勉強されているなという印象です。芽殖孤虫の感染源が不明だという事実がうまく物語にのっていて面白く読みました」

   ◇   ◇

芽殖孤虫から、記者はSFホラーの「エイリアン」や貴志祐介さんの小説「天使の囀り」を連想しましたが、菊地准教授いわく「エイリアンはどちらかというと寄生バチ的な捕食寄生をするやつなんで、ちょっと系統が違うかなという印象です」と。続けて「寄生虫が宿主を操るのは少し前まではキワモノ扱いでしたが、今はまじめに研究されています。とても面白いですよ」と語ります。恐ろしくも驚きに満ちた寄生虫たちの生態、神秘です。 

今回の芽殖孤虫の研究は国際学術誌「Communications Biology」のオンライン版で公開されました。

▽サイトはこちら
https://www.nature.com/articles/s42003-021-02160-8

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