「朝顔の観察」といえば、小学生の夏休みの宿題や自由研究の定番。誰でも1度は種蒔きから成長を見守りつづけたのではないでしょうか。初めて花が開いた朝の喜びはいくつになっても忘れられませんね。
夏になれば玄関口やベランダで花咲くようすが見られる朝顔は、色や模様の鮮やかさでも太陽の強い光に負けていません。彩り豊かな朝顔ですが、もともとは青だけだったとか。朝顔にはドラマがたくさんありそうですよ。
薬としてやって来た「朝顔」が突然変異を起こしたら…
「朝顔」は奈良時代に中国から渡ってきたとき「牽牛子(けんごし)」と呼ばれており、花を楽しむのではなく種が薬、下剤として使われていたということです。平安時代の初めに作られたお薬の辞典『本草和名』に「牽牛子」は万葉仮名で「阿佐加保(あさがほ)」と表記されています。
平安時代に書かれた『源氏物語』では「朝顔の姫君」という登場人物の名前になっています。光源氏が歌に添えて朝顔の花を贈るシーンが描かれており、流行に敏感な紫式部ですから、この頃にはもう朝顔は鑑賞用として人々の生活の中でもてはやされていたのでしょう。
日本に渡来したとき、朝顔はうす青色の花を咲かせる植物だったそうですが、突然変異により白い朝顔が咲くようになったことで、薬用から園芸用としての栽培が始まったということです。
江戸時代の初めには絵師・狩野山雪が金地に、色鮮やかな青と白の朝顔が籬(まがき)をつたい豊かに花開くようすを描きました。京都妙心寺の塔頭、天球院の方丈の襖絵として今に伝わっています。草花でしかない朝顔が金箔を背景に主役となり、由緒ある寺院を飾る花となっていったのです。その花は今私たちが見る朝顔とまったく変わりません。青と白、まだこの2色しかなかったようです。
参考:
構成・文 小田英智、写真 松山史郎『アサガオ観察ブック』、偕成社
「朝顔」フィーバーに湧いた江戸の人々!?
今のようなとりどりの色や柄の花ができ始めたのは江戸時代。朝顔を熱心に育てる人たちがいたからです。それは下級武士です。武士は食わねど高楊枝、などといいますがやはり扶持米だけで足りなければアルバイトに精を出さなければなりませんでした。
そこで流行ったのが長屋住まいでもできる鉢植えの朝顔の栽培です。駅に名が残る御徒町は下級武士が多く住んでいたということから、朝顔栽培もさかんでした。これは現在も行われる「入谷の朝顔祭り」へとつながっていくのですから、朝顔人気の根強さがわかります。昨年と今年のお祭りが感染症拡大の影響で行われなかったことは朝顔ファンとしては本当に残念なことだったでしょう。
浮世絵には天秤棒で朝顔を担いで売り歩くようすも描かれ、庶民にも朝顔を育てる楽しみが広がっていたことがわかります。
何よりも変わったもの、新しいものが好きな当時の人々は交配に工夫を凝らし、今までにない形の朝顔を作りだすことに熱中していったのです。その結果多くの変わり種が次々と生み出されていきました。
江戸時代の終わりに出版された『朝顔三十六花撰』は朝顔ブームの集大成ともいえるでしょう。品種改良で作り出された朝顔は千種にものぼるといわれます。その中から選りすぐりの36種を博物画家・服部雪斎が精密に描いています。今ではもう見られない奇妙な形の朝顔がずらりと並ぶのを見ると、刹那的ともいえる流行にかけた当時の人々の熱を感じずにはいられません。
この熱気をくぐり抜けてきたのは、何百年も前と同じように今も咲き続けている丸いロート状の朝顔です。ただし色は青、白、紫、紅の他にも黄色や黒、茶色、と各段に増えました。さらに花にも柄が入るようになって驚くほど朝顔は多彩になっています。
参考:
小和田哲男 監修『大江戸 武士の作法』出版:ジー・ビー
服部雪斎『朝顔三十六花撰』
実験で判明! 「朝顔」の中にも体内時計があるんです!
朝顔は朝咲くから朝顔なのですが、どうして朝しか咲かないのでしょう? それは私たちと同じように体内時計を持っているからなんです。日が落ちて暗くなると眠り適度な睡眠時間の後に朝がきて明るくなると目覚めて花が咲く、というサイクルを持っているようです。
このサイクルを利用すると人工的に昼と夜を作り出し、その環境に朝顔を置くことで、本来朝顔が花を開く時間ではない午後や夕方でも、花を咲かせることができるということになります。
朝顔は昼と夜の明るさに対して敏感に反応しますが、温度も花が咲くためには大切な条件となっています。朝顔は夏の花ですから暑さには強い、と思われがちですが本当のところ、気温が高過ぎると花が咲かなくなり、反対にある程度低ければ夜眠らなくとも花が咲くという実験結果が出ています。
この日照時間と温度の条件を調整していくと、夏以外でも朝顔を咲かせることができることがわかります。
夏の朝、あたりまえのように咲く朝顔には、数々の不思議が秘められています。あれ? どうしてなんだろう、と気づいたらちょっと実験してみませんか? 植木鉢で気軽に育てられる植物ですから楽しい発見にきっと出会えることでしょう。
そのお手伝いをしてくれる本をご紹介しましょう。著者の貝原純子さんは中学1年生の時、初めて植えた朝顔の芽がなかなか出なかったことから湧いた「なぜだろう」をきっかけに、朝顔の研究に人生をかけて取り組んでいる女性です。読み始めると一緒になって実験しながら結果にわくわくしていることに気づきます。
朝顔の長い物語の中にあなたの1頁を加えてみるのはいかがでしょうか。
参考:
貝原純子著『アサガオのすいみん時間』 さ・え・ら書房(やさしい科学)