1970年代、京都市内の繁華街に「河原町のジュリー」と呼ばれた男性の路上生活者がいた。毎日、少しほほえみながら道路の真ん中を悠然と巡り歩いたという。その姿を誰もが目にしていたのに、素性は誰も知らない…。男性をモチーフに小説「ジュリーの世界」を書いた同志社大出身で放送作家の増山実さん(62)は「なぜ彼が繁華街で生きていたか、自分なりの答えを出したかった」と話している。
増山さんは兵庫県宝塚市在住で、人気テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」などのシナリオを手がけてきた。10年ほど前から同市や兵庫県尼崎市などを舞台にした小説を書いており、新作では学生時代から長年気になっていた男性を取り上げた。
学生時代、新京極商店街周辺に出掛けると、必ず出会うのが「河原町のジュリー」だった。京都市出身の歌手沢田研二さんがジュリーの愛称で親しまれ、絶大な人気を誇っていた時代。「『髪が長いという共通点があったから』、というのがまちの通説だった」と増山さんは振り返る。
小説の舞台は1979年の京都。どこか訳ありの登場人物によって語られる河原町のジュリーは、誰にも干渉こそしないが、なぜか重要な場面になると目の前に現れる。
若手警察官が、多額の借金を背負って失踪した父を思い出していると、歩幅が短く靴底を地面から離さない父とそっくりの歩き方で目の前を通る。外国鳥の図鑑を万引した少年は、盗む場面を遠くからじっと見られていた…。
「誰にも強制されず、信じた生き方を全うしているように思えた」(増山さん)というジュリー。まるで登場人物の考えを見透かし、生き方を問いかけてくる存在として描かれている。
物語に色濃く漂うのは、70~80年代の繁華街の雰囲気だ。その頃、ジュリーは今もにぎわう三条通のアーケード下に暮らし、新京極や寺町-四条-河原町-三条の通りの決まったコースを巡っていたという。増山さんは20回以上まちを歩き、当時の話を住民に聞いた。自身も在学中であった79年から80年の新聞を読み込み、時代背景も反映させた。
増山さんは「街の風景の一部として、ジュリーは当時を生きた京都の人の記憶に残っているのでは。自身の思い出と重ね合わせて、小説を読んでもらえるとうれしい」と話している。
「ジュリーの世界」はポプラ社刊。327ページ、税込み1870円。