「どなたかは存じませんが 御寄進くださった方有難うございます!」
3月上旬、「金戒光明寺」(京都市左京区)の広報担当者は感謝の言葉をツイッター上につづった。投稿に添えたのは手水舎(てみずや)で遊んでいるように見えるアヒルの人形たち。手水舎に飾っていたカメの人形たちが2度、盗難被害に遭ってしまい、見かねた参拝者が寄贈してくれたのだという。そして、この2日後、事態は想定外の急展開を迎えた。
金戒光明寺は昨年12月6日まで庭園を一般公開していた。庭園内は所々にカメのオブジェを置いているものの、7日以降は参拝者に見てもらうことができなくなる。
そこで「寂しくなったカメたちが外に出てくる」という設定で、カメの人形たち約50体を手水舎に置いた。参拝客から「かわいい」と好評で、気持ちが落ち込んでいる人たちに癒やしを届けることができたらという期待もあったという。
ところが、今年2月7日のこと。広報担当者の伊藤英亮さん(38)は職員から「カメがいないです」と連絡を受けた。手水舎を見に行くと、カメの人形が一匹残らず姿を消していた。「今までいたのに急に全員、いなくなってしまって。『うそでしょ』という感じでした」。信じられない光景だったと伊藤さんは振り返る。
「『誰かが遊びで置いている』と勘違いして善意で取った人がいたのかも」と感じた伊藤さん。もう一度、カメの人形たちを飾れば勘違いに気付いて今度は取られることはないだろうと考え、10日ほど後に寄贈を受けたカメの人形約50体を再度、置いた。
しかし、2週間ほどたった3月2日、たまたま手水舎近くを通りがかった伊藤さんが目をやると、カメの人形たちが再びいなくなっていた。思わず二度見し、目を疑ったという。「まさか取る人はいないと思っていたのに、また取られていたのでこれはわざとだなと。悲しい気持ちになりました」
午前9時すぎ、伊藤さんは「またです… こんな言い方は良くないですが窃盗ですよね?」とツイッター上に書き込んだ。すると、投稿を目にした参拝者が午後3時ごろまでに、大量のアヒルの人形を持って来てくれた。
受け取った同僚から聞いた話によると、その参拝者は「皆さんが楽しみにしているのにかわいそうだから、これしかないけどあげてください」と話していたという。
参拝者は、翌日も金戒光明寺に足を運び、「カメを取った方も手水舎にカメがいた方が返しやすいかと思って」とアヒルの人形に加えてカメの人形も届けてくれた。
さらに翌日、伊藤さんはカメやアヒルの人形を持参してくれた参拝者から電話を受けた。「返ってきています」。手水舎に向かうと、地蔵の足元にバケツが置かれ、中に2度目に取られたとみられるカメの人形たちが入っていたという。
「無事にお戻りです! 皆様のリツイートやコメントが動かしたのに違いありません!!」。伊藤さんはツイッター上で喜びをつづった。
悲しい出来事の一方で、人々の善意が伝わった今回の騒動。伊藤さんは「寄付を受けたときはびっくりしました。私利私欲でなく『みんなのために』と思ってくださって言葉が見つからない」と感謝し、「人の温かみを伝えられてよかった。ツイートを見て人形を持って来てくださったり、気に掛けてくださったりして『人の輪』が広がったと思います」と語った。