間もなく花見シーズン。昨年は、未知のコロナウイルス感染者がにわかに増加し、緊急事態宣言発動前にも関わらず全国に自粛ムードが漂って、桜の名所は例年になく閑散とした。日本三大桜名所の一つに数えられ、時の天下人、豊臣秀吉が諸大名の徳川家康、前田利家、伊達政宗ら、総勢5千人を引き連れ満開の桜の下で大宴会したといわれる、吉野山(奈良県吉野町)も例外ではなかった。
9月には、館内の露天風呂から一目千本の桜が望める人気老舗旅館が90年余りの歴史に幕を下ろした。県内屈指の観光地をコロナ禍が襲った悲劇として、地元ではセンセーショナルに伝えられた。そんな表舞台とは対照的に、バックヤードではうれしい出来事が一つあった。
筆者が関係者から得た情報によると、昨年、観桜期は例年の3分の1ほどの人出しかなかった。毎年この時期、近鉄吉野駅のホームや改札口は花見客でごった返すが、昨年は驚くほど閑散としていた。コロナの感染を恐れて鉄道を避け、乗用車で訪れる人が目立った。筆者は隣町の出身で、毎年桜の時期には複数回訪れるほどの「桜好き」というか「吉野山好き」だが、昨年はやむなく花見を見送った。
現地の飲食店で食事をしたり、多くの土産物を購入したりする団体客が大幅に減少したことは店舗にとって大打撃で、もう一つの繁忙期である紅葉シーズンも人出は例年を下回った。コロナの影響による廃業や倒産は現在のところ土産物店1件、宿泊施設1件。この数字を見る限り、ダメージはそれほどでもないように思うが、観桜期のみ開ける店舗もあるので、桜が開花してからでないとその実態はつかめない。
高齢化や事業継承がうまく行かず閉店閉館するケースもあるが、コロナ禍がそれを後押ししている。「1年は何とか持ちこたえた」「来春にはワクチン接種を終えている」そう考えると、店主たちが今年の観桜期を頼みの綱にしていることは火を見るよりも明らかだ。
吉野山は全国にある他の桜の名所と大きく異なる点が二つある。一つは修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が本尊である蔵王権現を桜の木に刻み、祀ったといわれる歴史的・宗教的背景から、吉野山の桜は信仰の対象として植えられ、大切に管理されてきたことだ。
もう一つは山全体に桜が咲く、そのスケールの大きさ。花見といえば、桜の下で場所取りをして宴会をするイメージが強い。しかし吉野山の花見は山歩きがメインだ。いろいろなルートがあるので、体力や滞在時間に合わせて自分好みの散策が楽しめて、3密とはほど遠い。
山内の桜を管理する団体によると、林業の衰退に伴い山師の減少で山が荒れ、多くの桜が傷んだ時期もあったそうだ。だが専門家からなる研究チームの協力などによって改善され、近年桜の状態は良好とのこと。この一年を通じて訪れる人が激減したことで根元の地面を踏まれる機会も減り、柔らかな土壌環境で過ごしたお陰で、今年の桜は例年に増して良好らしい。
筆者としてはぜひとも今年の桜を多くの人に愛でてもらいたい。山内を走るシャトルバスは抗菌処理が施され、車両に消毒液を設置したり、密にならないよう乗車人数を制限したり、換気を適切に行ったりするなど感染対策に万全を期している。
吉野山の桜が開花を迎える3月下旬から約1ヶ月間の観桜期、それまで日々の感染者数に目立った上昇がなく、花見自粛の気運にならなければ例年とまでは行かないにしても、それなりに多くの花見客が全国から訪れることは大いに期待できる。もちろん筆者も今年は複数回訪れるつもりでいる。
■開花情報(吉野ビジターズビューロー) https://yoshino-kankou.jp/cherryblossom/