ここからは「賀茂川」で「鴨川」ではおへん 京都人が使い分ける呼び方の根拠とは

どなどな探検隊

辻 智也 辻 智也

 「訂正をお願いします。記事に鴨川とありますが、葵橋付近は『鴨川』ではなく『賀茂川』です。庄田橋付近も『鴨川』ではなく『賀茂川』です。記者の方は京都人ではないのでしょうか」。1月、読者から、京都新聞社に厳しい指摘が寄せられた。京都市外の人は「何それ?」と思うかも知れないが、多くの京都人は「鴨川」と「賀茂川」を使い分ける。「加茂川」という表記もある。いったい、どうやって使い分けるのが適切なのか。地名の謎の「源流」を探ってみた。

■京都人は「出町柳の高野川合流点」で使い分ける?

 「かもがわ」は、京都市北区の山間部にある源流から桂川との合流点まで長さ約30キロに及ぶ淀川水系の支流だ。古くから京都市民に親しまれ、堤防にはカップルが等間隔で並んで座る光景でも知られる。

 「かもがわ」は、出町柳で最大の支流・高野川と合流する。多くの京都人は、慣習的に、高野川との合流点より上流を「賀茂川」、下流を「鴨川」と捉えてきた。

■上流では「賀茂」が良く使われ、下流では「鴨」が多い

 たとえば、上流には「賀茂川漁協」や「賀茂病院」「賀茂なすの産地」がある一方、下流では先斗町の名物「鴨川をどり」や「京阪鴨東線」「鴨沂高」に「鴨」の字が使われる。

 上流にある世界遺産の賀茂別雷神社(北区)は通称「上賀茂神社」で、一帯は「上賀茂地区」だ。下流にあるのは賀茂御祖神社(左京区)で、通称「下鴨神社」(左京区)。一帯は「下鴨地区」だ。

 合流点できっちり線が引かれているわけではないが、ある程度の使い分けは定着している。

■でも京都新聞は全部「鴨川」

 しかし、読者が指摘するように、京都新聞社は合流点より上流も「鴨川」と表記している。なぜ、地元紙なのに「賀茂川」を使わないのか。実は京都市北区出身の私も、記事で使い分けたらデスクに直され、疑問を感じていた。

 記事の表記をつかさどる編集局用語監事に聞いてみると、「国土地理院が発行する地形図の表記に基づき、『鴨川』で統一しています」との回答だった。

■国土地理院や法律も全部「鴨川」

 確かに、国土地理院の2万5千分の1地形図を見ると、合流点より上流も含めて「鴨川」となっている。

 国土地理院によると、1925(大正14)年発行の2万5千分の1地形図も、表記は上流を含め「鴨川」だ。当時、参謀本部陸地測量部(国土地理院の前身)が、京都市の意向を踏まえ「鴨川」にしたとされ、現在も引き継がれているという。国土地理院は「複数の表記がある川は、地元自治体の意向を聞き取り、地図に反映する」という。

 また、河川の管理や治水について定めた「河川法」でも、ほぼ全流域が「鴨川」とされている。京都府が2008年に施行した「鴨川条例」も「鴨川」で統一している。

 しかし、京都人の感覚からすると、やはり違和感がぬぐえない。「かもがわ」の正確な使い分けこそ、由緒正しき京都人の証明になる気がする。

■京都人の使い分けのルーツとは

 そもそも、なぜこうした使い分けが存在するのか、京都地名研究会事務局長の入江成治・京都精華大特任教授(63)=左京区下鴨出身=に聞いてみた。

 「かもがわ」の地名の由来は、流域に豪族の「賀茂氏」が居住していたという説や、上流の意味の「上(かみ)」、もしくは神の川の「神」が転じたとする説などがあるという。

 「賀茂川」の表記が、古文書に初登場するのは8世紀初めの奈良時代。山城国風土記に記される。一方の「鴨川」は9世紀初め、平安時代の「日本紀略」に登場する。ただ、どちらの表記の方が本当に古いのかは不明で、山城国風土記には「可茂川」の表記もあるという。

■江戸幕府に言われたことがきっかけ?

 「かもがわ」の表記はしばらく混在していたと思われるが、江戸時代に使い分けが生じた一因とみられる事態が起こる。

 「かもがわ」の流域には、世界遺産の上賀茂神社(賀茂別雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)がある。両神社は、かつて一帯を支配した「賀茂氏」の氏神をまつり、いずれも「賀茂社(かものやしろ)」と呼ばれていた。

 ところが、江戸幕府から「賀茂の社」はどちらを指すのかと問い合せがあり、両神社は話し合いの上、上社は「賀茂」、下社は「鴨」の表記を用いることを取り決めて回答したという。

 この経緯は、17世紀編纂の『賀茂注進雑記』という文書から推察されるという。両神社の表記が使い分けられたことが、「かもがわ」の流域ごとの表記にも影響を与えた可能性がある。

 また、同時期に医師が記した「雍州府志(1684年)」という書物には、「賀茂川」「上賀茂村」「下鴨村」が記され、なんとなく上流が「賀茂」で下流が「鴨」になっている。しかし、「三条橋」や「五条橋」は「賀茂川」にかかると書かれており、明確な使い分けはうかがえない。

■「地名表記の正しさ」自体に違和感

 入江さんは「江戸幕府の質問と両神社の回答があった後、京都人にも徐々に定着したのではないか」と推測した上で、「地名表記に『正しさ』を求めることには違和感がある。地名は口承で伝わり、音韻が先に存在する。それを、権力者が徴税や記録のために区別する際に漢字をあててきた。地名は本来、土地と人との関わりの中で移ろうものだ。時代や状況ごとに、ある程度多くの人がうなずければ良いのではないか」と指摘する。

 確かに、現在使われている「かもがわ」や「かも」の表記も、明確なルールがあるわけではない。

■実は、京都における使い分けも結構おおらか

 たとえば、「かもがわ」の橋には、河川名を刻んだ銘板や石碑が設置されている。出町柳の合流点より下流は「鴨川」ばかりだが、上流は「鴨川」と「賀茂川」が混在している。

 出町柳より上流域には「加茂街道」や「加茂川中学」という表記も存在する。これらは「賀」を略して「加」にした可能性があるという。

 さらに、北大路橋の東には銭湯「鴨川湯」があり、北山橋の西には「加茂湯」がある。下鴨署管内には「加茂大橋交番」があり、かつての北署は「上鴨署」だった。このように、「鴨」「賀茂」「加茂」の使い分けは、意外におおらかな面もある。「かもがわ」の表記も、厳格に規定するのは地名の成立経緯や歴史的背景とそぐわないのかもしれない。

 さて、冒頭の読者の指摘に戻る。こうした歴史や状況を踏まえ、京都新聞社がこれから「かもがわ」の表記をどうするかだが、用語監事の回答は「現時点で表記を見直す予定はありません」。京都人の皆様、ご納得いただけましたでしょうか。

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